夏 ~Re:Happy Birth Day ~ ③
「ひとつ、約束してあげます」
「……やくそく?」
「そう遠くない未来に、僕とお揃いの物を、君に一つあげます」
「おそろい?」
「他の誰も持っていないものです」
顔をあげると、紀一郎さんはまっすぐに私を見据えていた。そんな透き通った目で見つめられると、私はこの人の前では嘘も付けないんじゃないかとすら思う。
「僕の苗字です、僕の苗字を桐子さんにあげる」
「……苗字?」
「そう、僕と結婚してお揃いの苗字になったらいいんです」
ピタッと私の動きが止まったのを、紀一郎さんは見逃さなかった。もう一度深く抱き寄せられる、私は自分の手を、紀一郎さんの胸に置いた。
「ゆっくりでいいので、考えておいてください」
「はい……」
「桐子さん、落ちついたら……キスさせてください」
「……え?」
「今日は桐子さんにいっぱいキスをしたくて来たのだから……させてください」
紀一郎さんの腕の力が強くなっていって、私の体は軋むような音を立てた。それと一緒に、私の中で溜まっていた空気も、ひゅーっと抜けていく。
紀一郎さんの脚の間に収められたまま、何度も鳥が啄む様な口づけが繰り返される。すこしずつ私の唇は湿ってきたのに、紀一郎さんは先ほどから、同じキスばかりしている。
切なくなってきた私が紀一郎さんを睨んでも、にっこりと微笑むだけだった。
「桐子さん、どうかしましたか?」
舌の上まで出てきた言葉を、私はぐっと飲みこんだ。
ここで『おねだり』なんてしたら、紀一郎さんの思う壺だ。微笑む紀一郎さんは私の唇から離れて、頬に一つキスをした。
「桐子さん、今日は強情なんだな」
悔しそうな口ぶりとは違って、今の紀一郎さんは楽しそうだ。私はさらに悔しくなって、おでこを紀一郎さんの胸に擦りつける。こうやって軽いキスを繰り返して、かれこれ30分くらいが経った。
「桐子さん」
紀一郎さんの熱くなった掌が背中から回って脇腹をなぞる。驚いた私が顔をあげると、その隙に紀一郎さんはわざとらしくリップ音を立てて首筋にキスを落とす。
「凄いドキドキ言ってますよ……桐子さん」
首の動脈の上に唇を乗せて、彼は次第に早くなる私の脈を測る。くすぐったくて身をよじっても、彼は離してはくれない。紀一郎さんの唇は首筋をなぞり、どんどん上にあがっていく。唇の端っこをかすめたと思ったら、ふっと耳に息を吹き込んだ。
私の口からは、悲鳴に似た……甘ったるい鳴き声が出る。
逃げようと紀一郎さんの胸を押すと、それよりも強い力で抱きすくめられた。紀一郎さんは私の髪をかき上げて、耳たぶに噛り付いた。
噛り付く、と言っても噛み跡を付けている訳じゃない。優しい甘噛みだ。彼の唇の感触と、熱っぽい呼吸が耳をくすぐる。
「桐子さん」
耳から唇を離し、紀一郎さんはその腕の中で震える私の名前を呼んだ。私は顔をあげると、おでこに優しくキスが落ちる。
「……桐子さんの耳、好きだな、僕」
「み、み……?」
「僕、君が思っている以上に桐子さんの耳が好きなんです。こうすると……」
紀一郎さんはそう言って、舌先で耳を舐める。私はこらえる事が出来ず声をあげてしまう、とっても甘い嬌声が狭いワンルームの私の部屋に響いた。
「ほら、桐子さん、ますます可愛くなる」
「……、紀一郎さん」
「はい、何でしょう?」
恥ずかしいけれど、体に熱がこもり続ける方が……辛い。
「……キス、して」
「さっきから、ずっとしているじゃないですか?」
「それじゃなくて」
ぐーっと、紀一郎さんを見つめる。紀一郎さんは、私の頭を撫でて微笑むだけだ。悔しい、もっと歳が近かったらこんなに翻弄されることもないのに。こんな時はいつも、ハタチも違う歳の差を恨んでしまう。私と紀一郎さんでは、元々の経験値が違うから、私は紀一郎さんの掌で踊るしかないのだ。
「どんなキスですか?」
「……え?」
「桐子さんが、教えてくれないとできません」
「……いつもの、ふかいやつ、です」
「ふかいやつ、じゃわかりませんって言いたいけど……桐子さんも我慢できないみたいなので、今日は特別ですよ」
私は紀一郎さんの首に腕を回して、少し顔を傾けた。
もう唇はうっすら空いている。その間を、紀一郎さんの舌がすっと潜り込んで私のそれに軽く挨拶をするように、つついた。それに呼応するように、私も深く絡みつく。お互いに、お互いが夢中になりながら、ねっとりと絡み合うキスを続けた。
月がさらに傾いたころ、糸を作りながらつーっと唇が離れた。
「桐子さん、満足ですか?」
私は、首を横に振った。そして、熱がこもった吐息を漏らしながら、紀一郎さんの耳元でささやく。
「まだ、です」
体を離して紀一郎さんの目を見ると、その中にも私と同じように、劣情を孕んだ火がじりじりと灯っていた。
「よかった、僕もです」
紀一郎さんは私から体を離して、立ち上がった。私が頭にハテナマークを浮かべていると、紀一郎さんは私の手を引いて、『キス、ベッドで転がりながらしましょう』と子供みたいに甘えた口調で言った。
「でも、ベッド狭いですよ?」
何度か紀一郎さんが私の部屋に泊まっていったことがあるけれど……そのたびに紀一郎さんはベッドから落ちそうになっていた。
「いいでしょう?」
「でも……」
私は、『でも』の後の言葉をつなげることができなかった。体は疼きはじめ、紀一郎さんに触れられることを求め始めていた。
「おいで、桐子さん」
紀一郎さんはベッドに座り、私の手を強く引いた。私もベッドになだれ込み、紀一郎さんと共にベッドに寝転んだ。首の下には、紀一郎さんの腕がある。もう片方の腕は、私の腰に回り……脚はお互いに絡ませてあっていた。
「……紀一郎さん」
「桐子さん、目を閉じて」
紀一郎さんの言うとおり、私は目を閉じる。唇にふわっと、紀一郎さんのそれが触れる。私が乞うように舌を伸ばすと、紀一郎さんは息を漏らすように笑いながら舌を腔内の隙間に差し込んだ。
「んんぅ……」
舌の裏側をくすぐられ、歯列をゆっくりなぞられていく。たまらずに舌を絡ませると、紀一郎さんは腰に回した腕の力を込め……きゅん、と疼き続ける私の下腹部に紀一郎さんが腰を擦りつける。
「ん、んふ…んぅ……」
堪らなくなって紀一郎さんの背中に手を伸ばしきゅっと服を掴むと、紀一郎さんは私にのしかかるような体勢を変えた。紀一郎さんの膝が私の膝を割り、熱を放つ下腹部にぎゅっと押し付ける。
口づけを受けたまま、紀一郎さんの首に腕を回す……紀一郎さんは私の背中に腕を回し、服の上から下着の金具に触れた。
「ま、まって……!」
「……ここまでさせておいて、『ダメ』は嫌ですよ?」
「そ、そうじゃないくって……」
紀一郎さんの耳元に唇を寄せて、声を潜めながら私は『アレ、は?』と聞いた。体をつなぐときに必要な、互いの体を守るモノ。紀一郎さんの家のベッドルームならば、ベッドサイドにいつも常備しているけれど、ここは私の部屋だ。そんなモノの用意はできていない。
私が恥ずかしさから顔を赤らめると、紀一郎さんは軽く頭を撫でてから体を離し……持ってきていたカバンの中から小さな箱を取り出した。
「コンビニに寄って買ってきてたんです」
「用意が良いですね……」
「当たり前でしょう? 恋人の家に行くのだから」
嬉しそうに笑う紀一郎さんに向かって、枕をぶつけた。最初から下心でいっぱいだったのに、余裕たっぷりな態度が腹立たしい。紀一郎さんは箱の中から包みを一つ取り出して、ベッドに戻ってくる。
紀一郎さんは唇に軽くキスをして、私のカットソーの中にカサカサとした手を滑り込ませる。ブラの金具を簡単に外され、ゆっくりと下着ごとめくり、小さな胸が露わになった。
「紀一郎さん、電気消して……」
「……だーめ」
さっきまで私の腔内を弄んだ舌が、胸の頂に触れようとしていた……私はこれから襲ってくる快楽に耐えるようにきゅっと目をつぶった。目をつぶっても、瞼越しに蛍光灯の灯りを感じる。
でも、それすら気にならなくなるくらい……私は彼に溺れていった。
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