夏 ~Re:Happy Birth Day ~

夏 ~Re:Happy Birth Day ~ ①



「トーコ、おはよー」


「ん、おはよう」



 今日も昼休みに食堂で待ち合わせ。エリサの向かい側に座ると、彼女の右手の薬指がキラリと光を反射していることに気づく。



「あれ? エリサ、指輪買ったの?」



 私がそう言うと、エリサは自慢げに口角をあげた。



「ううん、彼氏から。付き合って半年記念にって、ペアリング。良いでしょ」


「うん、可愛いね」



 エリサは右手の薬指をよくよく見せてくれた。決して指から引き抜かないあたり、気に入って仕方がない事が窺える。ピンクゴールドの真ん中に透明な石が埋まっていた。



「……可愛いね」


「トーコは、こういうのしないの?」


「え?」


「ペアリングとかペアネックレスとか、トーコのとこの方が私たちより長いじゃん。一年の夏休みくらいだっけ? 付き合い始めたの」


「うん、しないだろうね。……そういうの難しい人だし」



 そう言うと、エリサは声を潜めた。



「……トーコさ、不倫してるわけじゃないよね?」


「え? な、何で?」


「だって、トーコ全然彼氏の話してくれないし……もしかしたら、そういう話できない相手何じゃないかって思って」


「違うよ! ほら、私の相手は社会人だし……そういうアクセとかって中々つけられないよねって」


「ふーん……」



 エリサは何か探しているのか、ごそごそとカバンの中を奥から浚うように漁っていた。



「でもさ、トーコからおねだりしたら、何か変わるかも」



 そして、エリサは鞄の中から一冊の小さなパンフレットを出して私に渡す。受け取った私は、一ページ開いた。あっさりとした大人っぽいアクセサリーの写真が並んでいる。



「トーコってそういうシンプルなの好きでしょ? 指輪決める時に色んなところのパンフ貰ってきたんだけど、それあげる」


「でも、貰ったところで……」


「これみせて、ちょっとおねだりしたら? 男の人って具体的なイメージないと、想像できないじゃん」


「……うーん」



 パンフレットの中でも、キラキラと指輪は輝いている。これを見ても、私にはお揃いの指輪をはめている紀一郎さんの姿を想像できなかった。

 たとえそこに並ぶアクセサリーを欲しいと思っても、私はその言葉にそっと蓋をするだろう。おねだりなんかして迷惑をかけることも、二人でお揃いの指輪なんて付けて他の人に交際をばれてしまった日には……考えるのも恐ろしい。



「あ、トーコちゃん!」



 私が首を傾げていると、声を張り上げて私の名を呼ぶ三竹くんが近づいてきた。彼の数歩後ろには、徳永くんの姿がある。

 三竹くんはあの後、自分でレポートの提出をしに行ったらしい。何度も頼み込んで土下座直前までしたけれど、返事は「No」の一点張り。結局受け取ってもらえなかったと言っていた。



「この前、ありがとう。レポート」


「ううん、力になれなかったから。気にしないで」


「いやいや、悪いのは俺だし」


「……わかってんじゃん」


「うるせーんだよ徳永は! あ、トーコちゃん、今日授業が終わった後とか、時間ある?」


「え?」


「この前、良さげな店見つけたんだ。持って行ってくれたお礼したいんだけど、今日暇?」



 思ってもみなかった申し出に困ってしまった私は、エリサと徳永くんを見る。二人ともどこか呆れるように頭を下げて笑みをこぼしていた。



「いいよ、気にしなくても」


「でも、そういう訳にいかないし」


「それに、私今日バイトで……」


「バイト?! トーコちゃん、どこでバイトしてるの? 行ってみたいな~」



 断ろうとしていたのに、三竹くんは食いついてきた。困っていると、エリサが助け船を出してくれる。



「やめときな、三竹なんか一生かかってもいけないような所だから」


「なんだよ、それ」


「だって、トーコのバイト先、一杯のカクテルに三千円くらいかかるバーだよ。アンタなんて、一生かかっても無理無理」


 

 さすがにそんなに高くないよ、と言い返そうとしたが、ふと目が合った徳永くんはサッと目配せをした。エリサの話に合わせていた方がきっと面倒な事にはならない、そう言いたさげだ。



「え、めっちゃ高級バーじゃん……」



 二人の目論見通り、三竹くんは諦めてくれたみたいだ。その方が助かる、叔父さんのバーの常連の中には紀一郎さんもいるから、あまり学校の知り合いは呼びたくはない。



「ご、ごめんね。それに、最近課題のレポートも多くて……あまり時間がなくって」



 これは本当。前期末が近づくにつれて、授業の課題も増えつつある。彼には申し訳ないけれど、あまり他の事に時間は使いたくはない。



「そっか、そうだよな……」


「お前も見習ってちゃんとレポートやれよ」


「徳永に言われなくても分かってるっつーの。またね、トーコちゃん」


「うん、また」



 軽く手を振ると、彼はあからさまに肩を落として去っていく。三竹くんの代わりに、徳永くんが小さくはにかんで手を振っていた。確かに、今の三竹くんの態度を見ているとエリサがこの前言っていた事が真実味を帯びていく。困惑している私を見て、エリサは「でしょ?」と力強くうつむいた。



「トーコに彼氏いるって、アイツ知らないのかな?」


「知らないんじゃないかな?」


「でも、トーコって年下と付き合うより年上と付き合った方が自然って言うか……しっくりくるよね。彼氏っていくつくらい年上?」


「えっ!?」


「そんなに驚くことなくない? 一回り上とか?」



 実はそれ以上なんです、とは言えなかった。私は適当にはぐらかして、授業に向かった。


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