春 ~”I love you”の訳し方~ ⑤

◆◆◆


 柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込んできた。その光はゆっくりと僕の瞼をくすぐり、目を覚ますように促してくる。それにつられて、目を開けてしまった。ベッドサイドにおいてある目覚まし時計は午前5時を指している。


 一昨日に続いて、昨晩も夜更かしをしてしまった。この年齢になると、少しの夜更かしにも体力を使うし、ぐっすり深く眠ることにも体力を使う。年は取りたくないものだ、と腕の中で眠る……夜更かしの原因にもなった恋人を見た。


 パジャマ代わりに僕のシャツを着ている桐子さんは、すやすやと穏やかな寝息を立てている。



 この随分年が離れた恋人が出来てから、そろそろ1年経とうとしていた。



 夜がもっと長ければ良いのに、と最近よく思うよう。自宅の眠り慣れたセミダブルのベッドで、恋人と二人並んで眠ることができる幸せなんて……もう二度と自分には訪れる事がないと思っていた。


 桐子さんの頬にかかった髪をゆっくりと、指で払う。桐子さんはくすぐったかったのか、少しだけ身をよじった。

 少し赤みがさす頬に、静かに唇を寄せた。ほんのりと柔らかな体温が、唇の薄い皮膚に伝わってくる。


 本当は、桐子さんの部屋で、桐子さんが毎晩使うシングルベッドで二人、窮屈にぴったりとくっついて眠る方が好きだった。


 だが、いくらそれを桐子さんに訴えても、桐子さんは「部屋が散らかっている」だの「紀一郎さんの家に用事がある」だの理由を付けて、中々部屋に入れてくれない。……そろそろ強引に押しかけてやろうか、と虎視眈々と考えている。きっと、桐子さんは何やかんやと文句を付けながらも、入れてくれるに違いない。


 結局彼女は、僕のわがままに弱いのだ。


 もう一度強く、桐子さんの体を腕に閉じ込める。彼女から漂うシャンプーの甘い香りをかぎながら、目を閉じた。僕は仕事のスケジュールと桐子さんの予定を思い出す。今日はもう少しだけ、二人で朝寝坊できるはずだ。


 そして、起きたらすぐにキスをしよう。


 キスは、やはり起きている時にするのに限る。


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