第234話 絶望はしない!

『海彦様、大変です!』


 危機一発……いや一髪のとこで、無線から雅の声が聞こえてきた。


 この場にはおらず、気球からの偵察を続けていたのだ。いたら更にもめただろう。


 切羽詰まった声なので、なにやら一大事が起きたらしい。


「どうしたんだ!?」


『魔物の新手です! 数は……』


 新手発見の報に誰もが驚いて、話すのを止めた。ラジオに視線を向け、静かに聞き耳を立てている。


 雅が次の言葉をなかなか発しないので、魔物を数えているのだろう。嫌な予感がする。


『およそ10万……』


「…………マジか」


 その数に俺達は絶句する。頭のいい雅が、数を間違えるわけがない。


 勝利に浮かれていたのは束の間、一気に奈落に突き落とされた。


 やっと戦が終わったと思ったのに……。


 俺はしばらく呆然としていたが、まだ総大将であることを思い出し、顔を叩いて無線で指示を出す。


「気球部隊はそのまま偵察! バイク斥候部隊を出してくれ!」

『了解!』


 新手の魔物軍はまだ遠くにいるはず。コッチに来る前に対応を決めねばならなかった。


 俺はみんなを集めて、作戦会議を開くことにする。



 無線や電話で連絡して、エリック王と族長達が司令所にやってくる。


 部隊長・フローラ達・奥様軍団も参加する。


 他の戦士達は不安そうな顔をしながら外で待機。俺達の決定を待つ。


 終わったばかりの戦で皆疲れてるから、寝てていいと言ったのだが、安心して眠れる状況ではなかった。


 会議は直ぐに始まり、俺はいきなりエルフのロビンさんに聞かれた。


「海彦殿どうだ? これは勝てるかのう?」


「……勝てません。みんな疲れ切ってるし、弾とガスも足らない。連戦で十倍の敵を相手にしたら、攻撃は防ぎきれません。城塞は守れず落ちるでしょう」


「儂らも同じ考えじゃ、どう足掻いても負けが見えとる」


「うむ」


「これが災厄の日か……」

「それは何ですか? アランさん」


「古い言い伝えじゃよ。霧が消えるとき、ヘスペリスに住む者すべてが消える、と儂らが幼い頃に聞かされた。破滅の預言かのう……」


「……そうですか。黙示録のようなものですね」


 ここで誰もが黙りこんでしまい、重苦しい雰囲気になる。


 前のようにわめいて、女神にすがろうとする者はいなかった。なにせ、もう女神はいなくなっている。


 奇跡など期待するだけ無駄。祈っても、誰も助けてくれはしない。


 ……ああ、俺にとってはいつものことだったな。それであきらめるのか?


 否! 絶望なんかは糞食らえ! あがいて、あがいて、絶対に生き残ってやる!


 俺はまだ目的を果たしていない! だったら、



「エアーレイド作戦を実行します」


「なっ!」


 作戦を知ってるエリックさんと族長達は驚き、知らないフローラ達は首をかしげている。


 俺は内容について詳しく説明した。これは残虐非道な行いで、魔物もろとも自然を破壊してしまう、えげつない作戦だった。


 最悪、アルテミス湖一帯はなくなるかもしれない。あまりの酷さに誰もが声を失う。


「それでも、みんなが死ぬよりましだ! 戦争にきれい事はない! 全ての悪名は俺が請け負う!」


 俺の勢いに圧倒されて、みんな引き気味だ。無理もない。


 しばらく誰もが黙っていたが、フローラが真剣な眼差しで応える。


「海彦がそう決めたのなら、私達は従うだけよ。たとえそれが酷いことだとしても……でも海彦一人に罪は着せない! 私達全員で背負うわ!」


「そうじゃ、そうじゃ、フローラの言うとおりじゃ!」


「うんうん!」


 女達は盛り上がる。もはや反対する者はいない。


 実際、魔物の大軍団に対抗するのに、これしか手は残ってない。数の暴力には勝てない。


 山彦、やっぱり戦いは数だよ!



 ただし、作戦前にやることがあった。


「新手がやってくるまで、数日はかかるでしょう。大軍の移動は遅い。その間に全軍ここから撤退します。街の人達も一緒に、武器と食料も引き上げます」


「ええ」


「城塞がもぬけの殻と分かれば、魔物軍はニュクス湖とテミス湖に進路を向けるでしょう。冬が近いので、他の湖を目指すことはまずない。皆さん知っての通り、二つの湖は常夏なので食料の確保に動くはず。なので水路を守って通れないようにします」


「なるほどのう。狭いから大軍は通れないし、水路を迂回しようにも天険があるから無理じゃな。こっちは地理にも明るいし、少数の戦士達でも守れる」


「私達が作ったフルーツを食わせるもんですか!」


「仮にニュクス湖に入ってきても辺りは密林、我ら獣人の庭。一匹残らず、皆殺しにするでござる!」


タタと一緒に、げりら戦をやるのだー!」


「私達人魚も手伝うわ! アマラちゃん」


 みんなに生気が戻った。まだ戦えると思えばやる気もでる。


 俺とて負ける気はない。


 二百万の軍勢の進軍をたった300人で防いだ王もいれば、ゲリラ戦を展開し大国を退けた小国もある。


 なにより必要なのは、『不屈の精神』である。


 武器が最新だろうが大量にあろうが、戦う意志がなければ意味がない。


 ヘスペリスの戦士達には、折れない闘志があった。

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