第231話 一騎打ちを見届けるしかない

「ンゴ……ンゴ……ンゴ、ルガー!」


 鬼将軍は、オグマさんのパンチを浴びて唸っていた。半身になってジャブを繰り出している。


 オグマさんはボクシングで戦っており、華麗なフットワークは様になっている。


 武器をなくした時に備えて、亜人達は格闘術を身につけていた。拳闘の人気は高い。


 殴って敵を倒すというのは単純明快で、戦士達にも分かりやすかった。


 オグマさんはアウトボクシングで闘い、鬼将軍を近づけさせずに打ちまくる……が、


「ええい! 鬼の族長は化け物か!? オグマさんのパンチは、ヘビー級以上の威力だぞ!」


 練習時に分厚い牛革のサンドバッグに穴を開けており、見た俺は戦慄した。


 ゴブリンだったら、頭が吹っ飛んでいるだろう。


 それなのに何発もパンチを食らっている鬼将軍は、異常にタフである。


 いやストレートはまだ打っていないし、逃げながらのジャブだと腰が入っておらず、パンチは効いてないのかもしれない。


 鬼将軍も、やられっぱなしではなかった。


 動きが変わり、両腕を上げて頭をガードする。オグマさんを真似たのだろう。


 ボディはがら空きだが、革鎧をつけてるので打っても効果はなく、不用意に接近するのは危険である。



「ぬっ!」


 鬼将軍は前かがみの姿勢になり、ガードを固めて猛突進してくる。これは相撲のぶちかまし。


 巨体の体当たりを食らったら一溜まりもなく、オグマさんは避けまくる。


 攻守逆転、不利な状況になった。


「あっ! まずい!」


 いつの間にかオグマさんは、兵器の残骸に囲まれている。上手く鬼将軍に誘導されたのだ。


 リングでコーナーに追い込まれ、逃げ場がないのと同じ。


「フンガー!」


 ここぞとばかりに、鬼将軍は両腕を振り上げて襲ってくる!


 負けじとオグマさんも両腕をだす!


 すると、互いの手をつかみ合う格好になってしまう。


 相撲にある「手四つ」という態勢で、プロレスでは序盤によく見られる力比べ。


 しかし、これはショーではなく殺し合い。負ければどちらかが死ぬ。


 鬼将軍の身長は約三メートル。二メートル三十センチのオグマさんが小さく見えるほどで、体格差がありすぎた。腕も一回り太い。


 案の定パワー負けし、オグマさんはドンドン押されて片膝を突く。


「ぬぬぬぬぬ……」

「グフフフフフ!」


 鬼の将軍は薄ら笑いを浮かべ、勝ち誇ってるようだ。



 このままオグマさんは、押し倒されてしまうのか? いや、


「ウギャアアアアアアアアアアアアー!」


 絶叫を上げたのは鬼将軍。よく見れば両手が潰れており、やったのはオグマさん。


 アイアンクロー――凄まじい握力で、手を破壊したのだ。


 推定握力は700kgfで、ゴリラを超える。リンゴを潰してジュースも作れます。


 オグマさんの奥の手だ。戦士達の身体測定をした時に異常な握力が分かり、強力なハンドグリップを作って鍛えていたのである。


 そして、


「むん!」


 オグマさんが渾身こんしんの力をこめて、右ストレートを放つ!


 拳が鬼将軍の顔面にめり込み、巨体が吹っ飛んでいく。


 そのまま地面に叩きつけられて動かなくなり、立ち上がってくることはなかった。


 ノックアウトKO。これで勝負は決まった。


 オグマさんは拳を突き上げる。


「ダアァ――――ッ!」


「ウオオオオオオオオオオオオオー!」



 戦場に怒号が轟き、歓喜の渦に包まれる。偉大な戦士に喝采が送られた。



おさ! 長! 長! 長! 長!」


「オグマ! オグマ! オグマ! オグマ! オグマ! オグマ! オグマ!」


 オーク族は武器を何度も掲げ、足を踏みならして族長の勝利を称える。


 最強部族の誇りだ。リンダは父親の姿を見ていた。


「良かったな、リンダ」


「ああ、それでこそあたいの親父さ」


「これで戦も終わりだ」



「アギャ、ギャギャギャ!」


 鬼将軍が倒れると、残りの魔物達は背を向け慌てて逃げだす。


 頼みの綱が切れ、完全に戦意を失い武器を投げ捨てていく。


 もっとも、ゴブリン一匹たりとも逃がすつもりはなく、アルザス騎士団がすでに追い打ちをかけていた。


「待ちやがれー! 俺の手柄ー!」


 掃討戦だ。ここまでくると、獲物のとりあいになる。魔物の残りはわずか。


 凶暴馬が列をなして走ってるのを見ると競馬のようだった。


「ああ、ようやく終わったな――――なにっ!?」


 ホッとしたのも束の間、地面が揺れた。

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