第228話 先輩勇者は強い

 先輩勇者からすれば、勝手にヘスペリスに喚びだされたうえに、神怪魚と戦えと言われたので逃げただけ。


 他人のために、自分の命を危険にさらしてまで戦う義務はない。


 海彦も最初はゴネて、日本に帰るために仕方なく戦ったのである。


 しかし生きている限り、誰もがトラブルには巻き込まれるもので、勇気をださねばならない時がある。


「きゃあああああああー!」


「!?」


 外から女性の悲鳴が聞こえてきた。その声には聞き覚えがある。


 先輩勇者の世話役として、アルザス王国から派遣された女性だった。


 人嫌いの彼に対してなるべく声はかけず、部屋を掃除し食事を作っておいていく。


 嫌な顔はせず、甲斐甲斐しく先輩勇者に尽くしていた。彼女には何の打算もない。


 まあ、ダメ男に惚れるタイプである……。


 彼女の悲鳴を聞いて、先輩勇者は外に出ていくかどうかためらう。


「ど、ど、どうする? お、俺になにかできるのか?」


 自分の世話をしてくれる女性に対し、恩義は感じていた。薄情な男ではない。


 このまま何かあったら、と思うといても立ってもいられなくなり、ついに先輩勇者は剣を持って外に飛び出す!


「ンギャ、ンギャー!」


 見ればゴブリンの一匹が、転んでいた女性に襲いかかろうとしていた。


「やめろ――――!」


 先輩勇者は剣を抜いて振るった。剣技などは知らず、滅茶苦茶に振り回すだけ。


 それでも女性を助けたいという思いは強く、ゴブリンは持っていた棍棒ごと切り裂かれる。


 彼は知らないが、かなり力は強いのである。だからこそヘスペリスに喚ばれたのだ。


「あ、ありがとうございます」


「……あ、ああ」


 助けた女性に礼を言われ彼は途惑う。むしろ感謝するのは自分の方だと、言いたかった。


 見つめ合っていると、他の魔物達が駆けつけて囲まれてしまう。



「アギャ、アギャ!」

「ガウッ! ガウ、ガウ!」


 魔物らが吠えて二人を威嚇してくるも、先輩勇者は剣を構えて女性の前に立つ。


 ピンチだろうが体は震えてはおらず、守りたい一心である。そこに、


「ワン、ワン!」


「バウ、バウ!」


 ドリスの犬であるパトラッシュとヨーゼフ、そしてダイエット仲間の犬達が走ってきた。


 鳴き声を上げると同時に、魔物達に襲いかかっていく。


「ギャ――――!」


 犬軍団も強かった。魔物の腕や足に噛みついて骨を折り、隙あらば喉笛を噛み切る。


 動きも素早く、敵の攻撃を上手く避けていた。


 もともとは狩りの時に連れて行く猟犬。獲物を仕留めようとするのは本能だ。


 魔物達は犬達に翻弄され多くの犠牲を出す。態勢を立て直そうと、集結するが時すでに遅し。


「ヒヒーン!」


「ンギャ!?」



 遠くから馬のいななきが聞こえたかと思えば、馬蹄の音が地響きを立てて近づいてきていた。


 風塵を舞い上げて現れたのは、アルザス騎士団。率いるは将軍アンドレ。


「全軍突撃!」


「イエッサー!」


 街からの電話連絡を受け、砦から急いで駆けつけてきたのである。やはり馬は早い。


 凶暴馬の接近を臭いで気づき、犬達は路地へと退散する。攻撃に巻き込まれてはかなわない。


 すでにゴブリンの数匹が、馬に踏み潰されていた。


 騎兵の突進を防げるわけもなく、槍の餌食となっていく。


 アンドレは例によって二刀流、魔物達を切り刻みながら駆けていた。


「一匹たりとも逃さん!」


 最強無敵の騎士に、たちうちできる者はいなかった。


 数は魔物が多いはずだが、破壊力と殺傷力の差は歴然。装備も練度も騎士団が上。


 瞬く間に駆逐されていく。


「……た、助かった」


 援軍が到着し先輩勇者は気が抜けて、ヘナヘナと座り込んでしまう。気を張ってるのも限界。


 なけなしの勇気を振り絞り、必死に頑張ったのは偉い。なかなかできることではない。


 助けられた女性は、先輩勇者に抱きつく。二人が結婚するのは後の話である……。



 湖と街に攻め込んできた魔物達は全滅。リーフも陽動部隊を軽く蹴散らして、港に戻ってきた。


「キューイ!」


 城塞戦は決着がつかず、夕暮れ時に魔物軍団は撤退を始める。


 おびただしい数の犠牲を出したが、海彦が守る城塞を落とすことはできなかった。


 それでも正面にある城門はボロボロになって、あと少しで壊れそうである。


 攻城塔は燃え崩れたが、なぜか破城槌は残されたまま放置されていた……。


  ◇◆◇◆

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