第219話 なかなか攻めてはこない

 そして次の日の未明。まだ薄暗い中、奥様軍団が動き出す。


 男達が寝ている中、朝食作りを始めていた。ほぼ毎日の仕事で家事に休みはない。


 これには感謝するしかなく、だからこそ旦那達は嫁に逆らえないのである。


 ましてや、戦士一人一人に食事を配るとなると大変な作業である。


 巨大な鍋が、あちこちで湯気を立てていた。


 俺も目が覚めてしまい、早起きしていたリンダの手伝いをする。


 司令所で働いてる人達のために朝食を作るのだ。サポート役の人数も多い。


「しっかし、戦う以前に食事で悩むことになるとは……糧食は十分あるけど」


「だわさ。でも誰かが、作らないといけない。腹が減ってたら負けだわさ」


「ああ、リンダの言うとおりだ。カンネーの戦いでハンニバルは二倍の敵を破ったが、戦術だけじゃなかったようで、ある策略を最初に仕掛けたらしい」


「それは?」


「味方には朝飯を早めに食わせておいてから、敵が炊事を始める前に戦いをしかけた。時間が経つほど敵は力が出なくなり、動きが鈍ったローマ軍は負けた」


「なるほどなー、飢えたら子供にも勝てんわ。やっぱり、食事は大事だわさ」


 雑談をしながら、俺達は朝食を作る。いつのまにか、炊事場は人で一杯になっていた。


 誰もが気を回してくれている。これなら負けるわけがない。


 俺達が食い始める頃、北岸の敵陣に炊煙が上がっていた。魔物もしっかりと食いがやる。


 しかし、いつまで兵糧が持つかな? 長引けば俺らには有利。


 アルテミス湖の周辺で食える物はとっくに収集してあり、リンゴ一個たりとも魔物達の口に入ることはない。


「兵糧攻めだ。太閤のやり方は違うが、とっくにいくさは始まってんだよ!」


「残ってるのは湖の魚くらいだけど、リーフがいたら漁なんかできないわね」


 起きるのが遅かったフローラは、一人で食事をとっていた。


 俺を含め誰も起こしたがらないからなー。寝起きが悪すぎるので、母親のエイルさん以外は無理だろう。


『魔物軍、動き出しました!』

「いよいよか」


 全軍に緊張が走るが、まだ攻めてはこない。魔物達は予想通り二手に分かれ、左右からくるようだった。


 少し違ったのは、船も出してきたことだった。ただし、湖岸線に沿って移動して陸地の近くにいる。小型船なので座礁することはない。


「やっぱり、リーフを恐れてるな。あれなら直ぐに陸に逃げられるから、攻めても意味がない」


「ええ、それに投石機も届かない位置だわ」


 大物見の教訓は生かされてるらしい。奴らは近寄ってすらこなかった。


 何もしていないのかというと違う。


 カコ――――ン! メキメキメキメキと音が聞こえてくる。


 魔物達は木を切り始めていた。大斧を振るっているは角のあるオーガ


 三メートル近くの身長があり、オークより大きな体をしていた。見るからに力も強そうだ。


 偵察部隊が撮ってきた写真を見た時、オグマさんの表情は険しくなり、静かに闘志を燃やしてるようだった。


 強者は見ただけで実力が分かるのだろう。


 現にノコギリも使っていないのに、次々と大きな木が切り倒されていた。


 あとはゴブリン達が丸太の枝を打ち払い、赤い精霊が召喚され乾燥させ木の皮をむく。


「仕事が早い、手慣れてやがる。ありゃー、訓練された動きだ」


 出来上がった木材はさらに、ある道具へと加工される。隠す気はないようだ。


 まあ、気球からは丸見えなので意味はない。


『たぶん投石機です! あと箱のような物を作ってます!』


「……破城槌だな。正面にある城塞の門を破る気だろう」


「頭がいいわね。やっぱり魔族を率いている魔王がいるのかしら?」


 偵察したところ、部隊長や将軍のような存在はいたが、ラスボスのような魔物はいなかった。


 ゲームと同じで本拠地の城にでも、引きこもっているのだろう。


 会社と同じでトップが現場にくることはない。まあ、舐めプレイとも言えるが。


 敵が攻城兵器を作り出したからといって、俺達は慌てたりはしない。ある程度は予想していたことだ。どっしりと待ち構えるだけである。来るならこい!



 もう一つ敵軍に動きがあった。


 こっちの防御陣地のはるか手前、石弾が届かない場所で土を掘り始めたのだ。


 魔物達は金属製のスコップを使っている。青銅……いや鉄製、ただ品質はなさそうだ。


 それでも人数が多いので作業は早く、深い穴が掘られていく。


塹壕ざんごう戦か、やるな! んでもってヤバイ」


 俺は敵の作戦に感心する。これなら石弾を防げるだろうし、被弾率はかなり下がる。


 投石機と一緒に攻めてこられたら、かなり厄介だ。


 城塞から見ていた俺は、チャールズさんに無線連絡する。


「防御陣地から引き上げてください。投石機単体での撃ち合いなら負けませんが、粗悪品でも数で負けます。同時に塹壕から魔物の切り込み部隊が、突っ込んでくるので危険です」


『……なるほどわかった。数では負けてるから仕方ないのう。コッチの投石機は使えないようにしておく。オーク族と騎士団には儂の方から伝えよう。後は東の砦に、こもるとするか』


「ええ、よろしくお願いします」


 陣地での交戦は中止。東の前線部隊は後退し、全軍に状況が伝えられた。


 味方の投石機は分解され、主要部品がこっそりと運ばれる。これで魔物は使えまい。


 ……そして二日間、魔物達は攻めてくることはなく、塹壕と兵器作りをやっていた。

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