第217話 女心は変わりやすい
俺は前哨戦の報告を受けていた。味方の被害はなかったのでホッとする。
と同時に、北の遠方から大軍団が向かってきていることを知る。
「ついに来やがったな」
発見された距離から計算すると、あと数日でアルテミス湖に着くだろう。
斥候部隊が撮ってきた写真を、黒板に貼りつけ、テーブルに置いて俺は考え込む。
どこのルートで、どう攻めてくるか? それによって部隊配置が変わってくる。
城塞があるとはいえ、どこか一箇所でも抜かれるとやばいので、新たな防衛ラインを構築する必要がある。
「海彦、ちょっといい」
「……ああ、あんがと」
いつのまにか、コーヒーを持ったフローラが俺の側にいた。
本気で集中していたので、全く気づかなかった。少し休憩して頭を冷やそう。
熱中のしすぎはよくない。椅子に座り、入れ立てのコーヒーを飲む。
「美味い」
「それは良かったわ……」
「ん? 何か言いたいことでもあるのか?」
俺はフローラの顔を見て察した。もう長い付き合いだからな。
「あんたの両親のことよ。ほったらかしにしていいの? 何でもっと話さないの?」
「ああ、それか……正直、会ってはみたものの、親という感じがしなくてな。若いままだから、初めてあった親戚かなー。そんでもって、何を言ったらいいのか分からん」
「恨んでるわけじゃないのね?」
「そんな気はない。俺の中で両親は死んだことになってたからなー。生きていてくれて良かったと思う。叔父さんと山彦が知ったら喜ぶだろう」
(……そうか、海彦は親の愛情を知らずに育ったから、感情が
なぜかフローラが、ボロボロと涙をこぼす。
俺は慌ててしまう。
「グスッ」
「おいおい泣くなよー、どうしたんだフローラ? 今日はお袋にも泣かれてるから、もう勘弁してくれー」
俺はマジで頼み込む。目の前で女に泣かれるのは辛い。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
「ならいいが……どっちにしろ戦の前だ。親父達には兎族と後方にいてもらうか、アルザス辺りまで避難してもらいたいな。戦が終わってから、ゆっくりと話してみるさ。俺と同様にヘスペリスに来て、かなり苦労してるはずだし、今は休んで欲しい」
「ええ、そうね。明日には父さん達もくるし……」
(やっぱり海彦は、思いやりの心があるわ)
泣いていたと思ったら、フローラは笑う。
女心と秋の空とはよく言ったもので、わけがわからん。
いちいち気にしない方がいいだろう。やがて日が落ちて、俺は休むことにする。
「アルザス軍、到着!」
「エルフ族、参陣!」
朝から基地は騒がしい。続々と各村と王国から戦士達がやってきたからだ。
大型船で港は混雑し、無線で指示する湖の管制官は大忙しだ。
思った以上に船がきたので、建設中の第二波止場も使うことにし、人を降ろしてから別な場所で停泊してもらうことにした。
「海彦殿ー!」
「こんちわ、エリックさん」
基地の司令所に王様と族長達がやってきて、俺は軽く挨拶をしてから、直ぐに作戦会議を始める。
今は時間が惜しい。敵が来る前に作戦を決めねばならなかった。
「索敵の結果、敵の数はおよそ一万です」
「ついにきたのう、魔物の本隊」
「そして、味方は約五千」
「数は少ないが、地の利は我らにある」
「うむ」
「新兵器で蹴散らしてくれるわ!」
実はアルテミス湖に集まった他にも、戦士達はいるのだ。予備兵力として五千。
アルザス王国と各村の防衛に残ってもらい、あとは各湖の水路で待ち伏せだ。
前線基地が突破された場合に、備えている。
俺はテーブルの地図を使い、駒を動かして予測を立ててみた。
「船で湖から攻め上ってくる可能性は少ないでしょう。リーフの存在が知れたでしょうから、俺なら水上戦は避けます。来ても恐らく陽動。前回の戦いで懲りてなければですけどね」
「海彦殿の言うとおりだろう。まともに戦っても我らが勝つ!」
「また、火炎ビンで火達磨にしてやるでござる!」
「消火器もないからのう。木造船では戦えまい。こっちは火事対策も万全じゃ!」
ドワーフのチャールズさん達が作ったのは、炭酸ガス加圧式消火器。
魔物が火矢を使ってくる可能性を考え、全艦と各施設に完備された。もちろん村にもある。
現代知識で武器だけを製造してるわけではなく、役立つ物なら何でも作っている。
もっとも奥さんの意向が優先され、男達は嫌々作っているが……。
発見された炭酸泉の恩恵は大きく、他にも使っている物があった。
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