第215話 海彦さんを、兄ちゃんを、見つけたい

 ◇◆◇◆


あんちゃんは、僕のために人生を捨てたんです。穂織さん」


「えっ…………」


「兄は大学に行ける学力は十分あったのですが、僕達は叔父さんの世話になってるので、負担はかけられなかった。だからせめて僕だけでもと、生活費と学費を稼ぎ始めたんです。それも小学生のうちから……」


「…………」


「奨学金もあると言ったんですが、『後で返せなかったら大変だ!』ということで当てにはしませんでした。考え方がすでに大人で、親代わりになろうと必死でした。でもそのせいで、兄ちゃんは大学にも行けず、水泳で国体にも出たのに特待生の話を断り、料理人の弟子になる道もあったのに捨てました。『金にならん』と言って…………」


 穂織は兄弟の身の上話を聞いて、目頭が熱くなる。


 恵まれた家庭で何不自由なく育ち、我が儘し放題に生きてきたので、貧困家庭の辛さを知ることはなかった。


 専属の家庭教師団が学問を教え、一流の料理人が食事を作り、身の回りの世話はメイド達がしてくれる生活。


 上げ膳据ぜんすぜん。あとは執事のセバスチャンに言えば事が済む。


 生まれた場所が違っただけで、天と地ほどの開きがある。


(お金さえ渡せば誰でも言うことをきくと思っていた私は、なんて傲慢で愚かだったのだろう)


 これに海彦が反発して当然だ。札束で顔をひっぱ叩かれるのを拒み、怒った。


 親がいない状況に腐ることもなく、弟のために必死で働いて生きてきたのに、穂織の態度はそれをあざ笑ったようなものである。嫌われて憎まれて当たり前。


 それでも、海彦は命をかけて神怪魚から穂織を助けてくれた。


 穂織は恥じ入り、後悔するしかない……。



「だから僕は、兄ちゃんに恩を返さなくちゃいけないんです。絶対に生きてます」


「ええ」


 神怪魚ダゴンに襲われてから、もう一年・・


 あれから穂織達は他の船に救助されて、海上自衛隊に事情を話す。


 しかし、化け魚の話は信じてもらえず、はぐれ鯨がクルーザーにぶつかったことにされてしまう。


 わずか一月ひとつきで、海彦の捜索は打ち切られる。海神わだつみ家のコネで海猿が総動員され、海中をくまなく探すもクルーザーの破片すら見つからなかった。


 霊道アウラに吸い込まれヘスペリスに行ってしまったのだから、残っているわけがない。


 これは人智の及ばぬことだ。


 それでも穂織はあきらめず、山彦と一緒に海での捜索を続けていた。


 費用などは問題ではない。いくらかかってもかまわない。


 海彦に会って謝り、お礼を言いたい……それだけが望み。一生をかけるつもりだ。


 ただ、感謝の他に別な感情があることを、穂織は気づかなかった。


 しかし、海彦が異世界にいては、連絡のしようもなく見つけようもない。



 今日も捜索は空振りに終わり、穂織はガッカリして別荘へと戻った。


 海神家が所有している島で、本土からはやや離れている。マスコミから逃げるには打ってつけの場所だ。


 今回もあることないことを週刊誌にかかれ、穂織は身を隠すしかなかった。


 表に出て釈明はしない。海彦が行方不明ではただの言い訳にしかならず、責任も感じているからだ。


「ううー!」


 穂織は自室のベットで泣きはらす。何度、涙で枕を濡らしただろう?


 毎晩、海彦の無事を祈るだけである。


 コンコン、と部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、よろしいでしょうか?」


「セバスチャン? ……いいわよ」


 穂織は涙を手でぬぐって立ち上がる。


「失礼します。お嬢様」


 目を腫らしてる穂織には何もいわない。下手な慰めは傷つけることになるからだ。


 主人を思いやっており、出来た執事である。


「旦那様から御伝言が……」


「何度も言ってるけど、実家には帰らないわよ! 絶対に!」


「いえ、今回は違います。大婆様・・・がお会いしたいそうです」


「誰それ!?」


 祖母はとっくに他界していた。聞いたこともなく、穂織は全く知らない存在である。


「この島に離れがあるのは、御存じですよね? お嬢様」


「ええ、絶対に立ち入らないように子供の頃から言われてるわ。なぜだか知らないけど……」


「そこで、お待ちしてるそうです」


「……すぐ行くわ」


 正体不明の人物からの招待。気にならないと言えば嘘になるだろう。


 少なくとも気晴らしになると思い、穂織は軽く身支度を始めた。



 離れは高い屏に囲まれた屋敷で、丘の上にあり中をのぞきみることはできない。


 ヘリコプターでもあれば空から見れるだろうが、私有地でそんな真似はできなかった。


「まるで刑務所ね……」


 穂織は怪しさを感じながら、離れの門をくぐる。セバスチャンは頭を下げて見送るだけ。


 屋敷の世話人をのぞけば、海神わだつみの者しか入れないのだ。


 そこには一族の秘密ある。


 穂織は広い屋敷を女中に案内され、三十畳はある和室に入る。大広間だ。


 上座は段差になっていて、御簾みすが下げられていた。


「!」


 その奥に何者かがいるのに気づく。姿は見えないが、おそらく大婆様だろう。


 穂織は声をかけられる。


「こっちじゃ」


 声は若々しく老婆とは思えなかった。


 穂織が座布団に座ると、御簾が上がっていき、その姿を見て驚く。


「えっ!? 私!?」


「初めて会うな、妾の末裔まつえい


 髪の色は黒、色白のピンク肌でしわはない。目の色は青。


 高身長の女性が十二単じゅうにひとえを着ていた。


 どっかの外国人がコスプレをしてるようにしか見えないが、そうではなかった。


 顔は穂織ソックリで、目と耳の形が違うだけである。両耳が尖っていた。


「まさかエルフ!? 物語に出てくる存在のはず……」


「ほう、知っておるのか。ちょっとだけなら耳に触ってもよいぞ。その方が理解が早いじゃろ」


 こうして穂織は目の前のエルフから、長い話を聞くことになる……。


  ◇◆◇◆

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