第197話 春の市場祭

 テミス湖で数日を過ごしてから、アルテミス湖に戻ってくると、氷はもうなくなっていた。


 雪も溶け出して、春の息吹いぶきが近づいている。


 季節の移り変わりを味わいながら、城塞の建築と市場祭の準備が進められる。


 みんな頑張ってくれてるので、魔物軍団の大攻勢には間に合うだろう。

 

 やがて山の一部がピンク色に染まる。春の訪れは意外なものだった。



「ヘスペリスにもサクラがあるんだな?」


「私も初めて見たわ。他の湖にはなかったからね」


「綺麗だわん!」


 山桜は五分咲き、俺は仲間達と花見をしていた。これぞサクラを見る会。

 税金での接待はありません。


 ビニールを地面に敷いて座り、酒を飲みながら料理を食べる。


 やはり風情ふぜいがあると、いつもより美味い。


「わっはははははは!」 


 族長達と奥様軍団も集まって宴会をしていた。これは市場祭の前祝い。


 まあ、ビールを飲むのに理由はいらず、楽しければそれでいい。


 祝い事にかこつけるのは、験担げんかつぎ。良いことがあればと誰もが願う。


 ヘスペリス中の人達がやってくる頃には、サクラは満開になるだろう。


 花を愛でるにはもってこいの時期だ。


 春の市場祭はイベントが盛りだくさん。無事に終わることを祈っている。



 それから二日後。


 会場のトランペットスピーカーから、声が流れる。


『これより春の市場祭を開始いたします!』


「ウオオオオオオオオオオー!」


 雅の宣言とともに、耳をつんざく雄叫びが上がる。みんなこの日を待ちわびていた。


 冬の間、コツコツと作った物や収穫された物が一斉に売りにだされる。


 祭りの規模は秋の収穫祭の倍。なので露店と屋台の数は多い。


「ピザだー!」


「お好み焼きだー!」


「焼き鳥だー!」


 食い物のメニューもかなり増えており、もう日本の祭りと変わらない。


 どこの店にも人が群がっていて、並ぶのにも一苦労している。


 遠くからは音楽が聞こえてきた。


 野外コンサート会場が作られ、フリーライブが行われている。観客は多い。


 マイクと楽器があるからには、歌と音楽を人前で披露したくなるのは当然。


 俺が伝えた音楽を参考にして、自分で作詞・作曲をした者もいる。


 絵師と同様に、歌手とミュージシャンもヘスペリスに誕生していた。


 結局のど自慢大会なんだけどね。でも、みんな上手いよ。



 大通りを歩いてると、


「やったー、当たったー! ゲットだぜ!」


「いいなー……勇者人形」


「…………」


 またもや俺が勝手に使われていた。金型で作ったゴム人形で、作りは雑な景品。


 子供らが遊んでいたのは、射的・輪投げ・スーパーボールすくいで、水風船もある。


 ゴムなどの材料が進歩すれば、玩具も良くなり種類も増えていく。


 集まってる子供らは、大騒ぎしながら遊んでいた。

 


「とったああああああ!」


「私のものよ――――!」


 一際大きい声が遠くから聞こえてくる。


 何が起きているかは行かなくてもわかるし、とばっちりを食うので近寄りたくはない。


 女達の熾烈しれつな衣類争奪戦だろう。更にバックと化粧品が追加された。


 丈夫なワニ革製は大人気で、ニュクス湖で狩猟ツアーが組まれるほどである。


 日本では財布もお高い商品だ。


 参加するのは奥様軍団で、鰐狩りを平気で楽しんでやっている。肉も食べます。


 これではどっちが猛獣か分からん。ワニはかなり数が減ったらしい。


 ブランド物を教えた俺が悪いんだけど、乱獲はやめましょうねー。



「みんな、楽しんでるのでなによりだ」


 平和はやはりいい。俺は自分の出店に顔を出して、調理スタッフに挨拶をする。


 褒賞の料理を振る舞うレストランで、招待状を持った客しか入れない。


 そんでもって俺が料理長なんですよ。日本じゃ見習いなのにねー。


 ヘスペリスの中でプロ級の板前とシェフが集められ、一日おきに開店する。


 客数が少なくても、誰もが日本のアスリート以上に食うから、食材の調達と仕込みに時間が足りないのだ。半日で準備するのは無理。


 俺は着替えて仕事をして、まかないを食ったあとで午後からでかける。


 楽しみしているイベントがあるのだ。

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