第196話 販売は止められない

「ほら、きびきび働きなさい!」


「サボるなー!」


 農園で俺が見たのは、奥様達から発破をかけられてる族長と男達だった。


 やってる仕事はフルーツ畑の開墾と苗植え。汗を流しながら、丁寧にやっている。


 農園はかなりの広さがあり、ビニールハウスも建てられていた。苗床と肥料置き場である。


 奥様軍団も監督をしてるだけではなく、ちゃんと働いていた。


 実ったフルーツを急いで収穫しており、一つたりとも無駄にする気はないようだった。


 農園を管理してるのは奥様軍団で、村々に公平に行き渡るように気を配っている。


 旦那達は意見も言えず、馬車馬のように働くだけ。



 収穫された南国フルーツは、あっと言う間に食われてしまうので、常に足りない状態だ。


 なので増産するしかなく、農園は広がり続けていた。


 農園主は雅の母親で、去年の秋からテミス湖に移住し、アルザス王国には帰ってない。


 旦那と娘がフラフラと出歩いてるのに、一人で城のお留守番だけをしていたら頭にくる。


 なので海にきてバカンスを楽しみつつ、農園の代表になり管理を始めたのだ。


 雅と同じく頭が良く、全フルーツの数量と生育状況を完全に把握はあくしていて凄い。


 エリックさんも妻に文句は言えず、城代はアンドレさんがやるしかなかった。



 俺はエイルさんに声をかける。


「俺もフルーツを採るの手伝いまーす!」


「はーい、お願いしまーす。海彦さん」


 収穫せぬ者、フルーツを食うべからず――それが農園のルールだ。


 採れたてを食いたいなら、作業を手伝わなければならなかった。金では絶対に売らない。


 南国フルーツはとにかく傷みやすく、長期保存は無理である。


 だから腐る前に人の手で収穫するしかなく、採集者は何人いても足りないのだ。


 こればっかりは機械ではやれない。あとは精霊さん頼みです。


 村に輸送する時は冷蔵庫のある高速船を使い、昼夜休みなしで運んでいた。

 

 三時の休憩に出された、フルーツは美味かった。

 食った後で、俺はクルーザーに戻ることにする。

 


「……何かおかしい」


 砂浜を歩きながら、俺は首をひねっていた。


 すれ違う人がTシャツを着てるだけなのだが、違和感の正体が分からない。


 日本の海ではありふれた光景で、異常なことは何もないはず……でも引っかかる。


「いや、ココはヘスペリスだ。異世界だ…………あっ!」


 ある物を見た瞬間、俺はようやく気づく。


 今までになかった物が、売られていたのである。


「フローラああああああああああー!」


 絶叫を上げながら、俺は猛ダッシュ!


 あいつを見つけるのに時間はかからない。人だかりで混み合っている露店が一つあり、声も聞こえてきた。


「勇者Tシャツ、残りわずかでーす!」


「一枚、売ってくれー!」


「俺も買うー!」


 そう、フローラ達はプリントしたTシャツを売っていたのだ。これはヘスペリス初。


 それも俺の顔写真入り。さらに裏には、「彦海」と寄席文字で縦書き印刷されていた。


 やめれえええええええええー!


 俺は使用許可を出した覚えはなく、勝手にやりやがった!


「ぜえー……ぜえー……」


 くそっ! 女達の店に着いたのはいいが、全力疾走したせいで声が出ず、文句が言えない。


「はい、お兄ちゃんお水」


「ゴクゴク……ありがとロリエちゃん。じゃなくてー、フローラ!」


「海彦、ごめんなさーい。あとで使用料払うから許してー」


 こ、こいつ確信犯だ。


 間髪を入れずに謝ってるが反省してるようには見えず、開き直ってやがる。


 俺が反対するのは分かっていたから、商品を見せなかったのだ。


「そんな物はいらんから、売るのをやめろー!」


「えー、もう無理よ。売り切れたし、お客に返せとは言えないわ」


「うぐぐぐぐぐぐ」


 ここでドリス達が割って入り、俺をなだめてくる


「まあまあ海彦、これは勇者を称えるためでもあるのじゃ。目にした者は勇気づけられる。写真技術が進歩して、シルクスクリーン印刷が出来るようになったのじゃから、使わないのはもったいないのじゃ」


「織機でデザインするとかなり時間がかかるけど、印刷だとあっという間だわさ」


「コストも抑えられるし、かなり儲かったわん」


「そっちが本音だろうーが!」


「「「きゃはははははははははは!」」」


 騒いでる間にも、Tシャツは売れまくっていた。聖獣リーフがプリントされた物もある。


 今までは無地だったからこそ、珍しくて仕方ないのだろう。


 他にも様々なデザインがあり、着れば目立って自慢にもなるし、人から注目されるのは気分がいいのかもしれない。


 ……俺はハズいから嫌なのだが。


 しばらくブツブツ文句をつけていたが、ビールと食事の提供で手を打つしかなかった。


「体で払ってもいいわよん」

「いらんわい!」

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