第171話 旅を振り返ってみたい

 俺はしばらく座り込み、ショックから立ち直れなかった。


 アンドレさんから話を聞いて、裏はとれた。


 霧の向こうの北側に、日本人がいる。それは叔父から聞いてた名前と同じ……。


 ただ別人ということもありえるので、会って確かめないうちは、俺は日本に帰れなくなった。

 これは弟の山彦のためでもある。


「……ああ、これが選択か……」


 俺は前にロリエに占ってもらったことを思い出す……願いは叶うが、決めるのは自分。


 こうなってみると、ヘスペリスに来たのは運命だったのかもしれない。


 いかんいかん、いつまでも落ち込んでいたら、みんなが心配する。


 そう言えばフローラが泣いていたように見えたが、気のせいだろうか? 心配だ。


 とにかくアルザスに戻ろう。エリックさんに早く知らせねば。


 ヘスペリスに残ると決めた以上、みんなの手助けをしたい。


 ……俺なりに予感はある。


 恐らく霧の結界が消える時に、その日本人に会えるだろう……と同時に魔物達が攻め込んでくる。


 となれば、今のうちに防衛の準備をせねば。やることが山積みだ。


 俺はすっくと立ち上がり、動き出す。


 気づけば俺の周りにみんながおり、待っていてくれた。



「雅さん。今まで曳航えいこうしてきた小舟ボート二艘は、ココに置いてく。船の速度を上げたいから」


「はい海彦様、もう邪魔ですね。重しは捨てて、アルザスに急ぎましょう!」


「リンダ、クルーザーはいけるか?」


「蒸気エンジンは問題ないよ。全開でブン回すわ!」


「よし、出航!」


「いくのだー!」


 クルーザーとプリプリ号は、全速力で東の水路に向かい、アルテミス湖をあとにする。


 来た時とは違い、みんなの表情は明るい。


 フローラも笑っているので、大丈夫なようだ。俺は安心する。


 村の住民の仇は、少し討てたしな。


 しかし、これからは魔物を警戒しなくてはいけないだろう。


 組織化してるとなると、かなり厄介だ。

 エリックさんや族長達と相談だな。



 俺達は水路を抜けて、アルザス王国のあるセレネ湖に帰ってきた。


 一日足らずで到着したので、アルテミス湖の水路はやはり近道になっている。


 長いようで短い旅だった。


 ヘカテー湖から始まったこの旅も、一回りしてきたので感慨かんがい深いものがある。


 目を閉じて、思い返せば楽しい思い出が……ニュクス湖ではフタバ竜にはさみ撃ちにされ、テミス湖ではサメに襲われ、そしてアルテミス湖ではゴブリン軍団に追われ…………全然楽しくねえー!


 どう考えてみても、しんどい目にしかあっていない。


 命からがらで、よく生きて戻ってこれたと思う。ああ、日本の平和が懐かしい。



 やがて、アルザスの港が見えてくる。


 俺達が戻ることは前日に無線で伝えてあり、出迎えの人々が桟橋にあふれていた。


 ありがたくて涙が出る。誰もいないのは哀しいからな。


 クルーザーを止めて渡し板がかけられると、最初に降りたのはアンドレさん。


 エリックさんが先頭にいて、今か今かと待っていたのだ。


 会うなり二人は抱き合って泣く。


「アンドレ、生きていて本当に良かった!」


「王よ! ご心配をおかけしました!」


 身分も恥も外聞もなく、男泣き。側にいる誰もがもらい泣きしていた。


 エリックさんが離れると、次にアンドレさんは女性と抱き合った。


 たぶん奥さんで、ミシェルの母親だろう。


 しかし若ーな、人間もヘスペリスでは歳をとらんのかもしれない。


 雅の母親も若かったしな……実年齢は聞きません。

 


 俺達も上陸すると、エリックさんが近寄ってきた。


「海彦殿、アンドレを見つけてくれて感謝じゃ。儂は嬉しくてたまらん!」


「いえいえ、たまたま出会って助けただけなので、俺は何もしてませんよ」


「それでも海彦がいなかったら、父上は危ないところだった。もう礼のしようがないから、私の体でいいか?」


「やめんかい!」


 アンドレさんにマジ殺されるわ。


 ミシェルの発言で険悪なムードに変わり、フローラ達がにらんでくる。


 だ・か・ら、俺にその気はねえっつーの!


 少し揉めた後に、アルザスの城に馬車や蒸気自動車で移動した。


 アンドレさんは車に驚いていたようだが、船のエンジンを見ているのですぐに落ち着く。

 兎族の人も機械は知ってたようだ。


 先輩は動くのを嫌がっていたが、エリックさんが上手く説得して、馬車に一人で乗ることになった。


 恐らく辛い目に会ったのだろう。


 対人恐怖症だとすれば無理もなく、俺は治ることを願うしかない。


 城に着いて宮殿に入ると、パーティの準備ができていた。

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