第170話 フローラの思い

 けたたましい音に反応し、俺は慌てて船の操縦室へ向かう。


 リーフが鳴いたわけではない。これは電子音で通信機の音だ。


 すぐさまスイッチを入れると、


『…………こちらは……潮満丸しおみつまる…………魔物が』


「こちらは海神丸、応答願います! 応答願います!! 俺は幸坂海彦! 潮満丸、応答願います!!!」


 俺は大声で呼びかけてみたものの、ザーという雑音ノイズがひどく、通信はできなかった。


 声がかすれるまで、呼びかけたが返信は返ってこない……。


「潮満丸だと……そんな……まさか……じゃー乗っているのは……」


 船名だけが、俺の頭の中をグルグルと回っている。それ以外の事が考えられない。


 その名は、たもつ叔父さんから何度も聞かされた、消えた漁船……。


「海彦! 海彦! ちょっと、どうしたの!?」


「……ああ、フローラか。ちょっとな……」


 体を揺すられ、大声で呼びかけられるまで、俺はボーッとしていたらしい。

 さっきまでのミシェルと同じだ。そしてさっきの会話を思い出す。


「……日本人――アンドレさーん!」


 俺はミシェルの父親に確かめたいことがあった。


 ◇◆◇◆


 恐い顔をしたまま、海彦は固まっていた。


 私が揺すっても反応しなかったので、大声を出してみたら、そのままミシェルの父親の所へ行ってしまった。


 真剣な表情で、何かを確かめるように聞いている。とても近寄れない雰囲気だった。


 無線が入ってから、海彦はおかしくなっている。何があったのだろう?


 湖をめぐる旅の中、暇さえあれば海彦は無線で異界人に呼びかけていた。


 でも応答がないので、いつもガッカリする。その顔を見るのは辛かった……。


 アルテミス湖にきて、待望の無線連絡がきたけど喜んでいるようには見えない。


 海彦はどうするつもりなのだろう? もうすぐこの旅は終わる……やっぱり、日本に帰ってしまうのだろうか?


 嫌だ! 帰したくない――!


 みんな旅の間、海彦にはアノ手この手で必死に誘惑してるのだが、手を出してくることはなかった。


 特にハイドラとアマラ達は頑張っていたが、いつも上手く逃げられていた。


 私とロリエは積極的ではなかったにしろ、女としてはガッカリしている。


 海彦が真面目なのもあるけど、大人数だとかえって手を出しにくいのかもしれないわ。

 私も人前ではやれないわね――とても恥ずかしい!


 でも、そんなことを言ってる時間も機会もなくなった。


 アルテミス湖が見つかったのでそれどころではなく、早くアルザスに戻る必要があった。


 ゴブリンが水路を使って、攻めてくるかもしれないから……父さんに知らせないと。



「……フローラ」


 いろいろと考えているうちに、海彦が目の前にいた。


「な、なに?」


「ヘカテー湖の浄化はもう終わってるよな?」


 ――聞かれた途端、心臓が止まったかと思った。


 とっくに浄化はセレネ湖に行く前に終わっていて、私は海彦に嘘をついていた。


 もうこれ以上、嘘はつけない……でも、言いたくない。


 悩んでいた時間は短い。返事を待っている海彦からの視線に、私はたえられなかった。


「……え、ええ」


「……そうか、ようやく日本に帰れるか……」


 やだ! 涙が勝手にあふれてくる。


 自分ではおさえられない。


 もうダメ、海彦がいなくなるのは絶対に嫌だ!


 抱きついて、泣きついて止めよう。いかないで海彦!


 …………えっ!?


「おいおい、聞いてなかったのか? だから、もう少しだけココにいるから世話になる」


「……なんでなの?」


「それはな……」


 私は理由を聞いて驚いた。海彦が帰れなくなったのも、無理もないわ。

 家族のことで大変なのに、私は嬉しい。


 たとえ束の間であったとしても、好きな人が側にいてくれるなら、それでいい、それだけでいい……。


 さっきまで下を向いていた私は、海彦に気づかれないように涙をぬぐい、ハイドラ達に伝えることにする。


 これには喜ぶだろう。みんな海彦が大好きなのだから!


 ◇◆◇◆

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