第163話 南国フルーツはいくらあってもたりない

 俺達はもう一日だけいる予定で、後始末と旅の準備をしていた。

 まずは手を振って族長達を見送る。


 昨日、嫁さんにボコられた旦那達は、女神号から叫んでいた。


「イカー!」「カニー!」「エビー!」


「タコ――――――――!」


 一番大声を上げたのは、オーク族長のオグマさん。


「うむ」以外の言葉を初めて聞いた。たこ料理がかなり気に入ったようだった。


 他の族長達も自分の好物を叫んで、海との別れを惜しんでいる。


 無理もない。

 生まれて初めて食って、脳に刺激が与えられたら、それが欲しくなってたまらなくなるのだ。


 コーヒーなどの嗜好品しこうひんと何ら変わらない。


「オグマ、帰ったらすぐに大型漁船をつくるぞ。手伝ってくれ!」


「うむ!」


「俺達もやるぞ!」


 他の族長達もやる気は満々のようだ。何せしばらく食わせてもらえないのだ。


 女神号にはイカの塩辛・タコの干物や、冷凍された海産物はたくさん積んであるが、これは村への土産なので手をつけるわけにはいかなかった。


 少しでも手を出そうものなら、嫁さんに手をひっぱたかれる。


 ビールを飲んだ罰として、族長達は一口も食べさせてはもらえなかった。


 それは村に帰るまで続く、きつい拷問ごうもんとなる……。


 その奥様軍団も食べたいフルーツを我慢したので、不公平ではない。


 三隻の女神号が遠くに離れていくと、



「あとはフローラ! 早く帰ってこーい!」


「うるさ――――い!」


 最後に父親の本音がでた。やはり娘は心配なのだろう。


 まあフローラ達からしたら、耳障りだったようで、少しイラっときたようだった。


 族長達を見送ったあと、俺達も撤収てっしゅう作業に入る。


 とは言っても、バンガローは解体せずにそのまま残す。どうせ各村から人が派遣されてくるので、生活空間として使ってもらうつもりだった。


 クルーザーにあったサーフボードも全部置いていく。


 どうせ波のない湖では使えないし、もう俺はココにくる機会もないだろう。


 アルテミス湖でも異界人エトランゼの手がかりがなければ、フローラに「霊道アウラ」を開いてもらい、俺は日本に帰るつもりだ。


 いつまでも人探しをしているわけにはいかない。山彦とたもつ叔父さんが待っている。


 ホビット婆の水晶で見た時の弟の顔は、辛そうで見ていられなかった。


 このままだと一生悔やむことになる。早く帰って安心させてやりたいとこだ。


 俺は思案しながら、物運びをしていた。



「……て、フルーツ積みすぎじゃー! ぜっーたいに腐るぞ!」


「大丈夫よ。その前にジュースにするから」


「海彦様、熟してない物を取ってますし、吊り下げ保存やら教わりましたので、かなり保つと思います」


「……はい」


 俺は反論できなかった。人間コンピュータ雅の計算に間違いはないだろう。


 女達は生活用品を捨てても、南国フルーツを持っていきたがる。


 しばらくは食えなくなるので、名残惜しくて仕方ないようだ。


 でも……最低限にしてくれ。

 

 こうして俺達もテミス湖から去ることになる。



「ピィーピィー!」


「キャウ! キャウ!」


 海ではイルカ達が鳴いて、お別れに頭や尾びれを振ってくれた。


「さようならー!」


 俺達も甲板で、おもいきり手を振っていた。

 万感の思いをこめてクルーザーは行く。


「さらばイルカ達、さらばテミス湖」


「さようなら、『彦海』」


「その名を呼ぶなー!」


 俺の要望は完全に無視される。湖の名は女神だが、この海は俺の名前がつけられた。


 ヘスペリスでの第一発見者として名前が刻まれたのだ。間宮海峡と同じである。


 呼称は必要であり、族長達と奥様方が全会一致で、「彦海」と呼ぶことに決めた。


「恥ずかしいので他の名前で……」


「いやいや、他はありえん」


「短くて、誰でも覚えやすいし、勇者殿の名は残したい」 


 誰に頼んでも聞き入れてはもらえなかった。今後、地図にも載って広がるだろう。


 俺はあきらめるしかなかった。ただ文句は言いたい。


 トラックや船じゃないんだから、逆さ文字にすんなー!

 

 こうして俺達はテミス湖を後にした。


 次は最後の湖、アルテミス湖である……。

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