第162話 奥様達のララバイ

「これは大変なのだー!」


「あらら、これはひどいな……」


 第一発見者はアマラ。俺と散歩してる途中で気づいた。


 風通しがよく、日が当たっている犯行現場はかなり荒らされていた。


 遠くを見回してみたが俺達の他に人はおらず、犯人は逃げ去ったようだ。


 しゃがみ込んだアマラが、地面にある物に気づく。 


「……足跡があるのだ」


「まだ新しいな、恐らく犯人のものだろう」


「追うのだ!」



 俺達は手がかりを見つけ、砂についた足跡を追って走る。


 かなり遠くまで続いており、足跡を消そうとした形跡けいせきはない。


 焦って忘れたのか? いや単に気にしなかっただけだろう。


 やがて俺達は波が打ち寄せるがけに着き、そこに立っている者を見る。


 よく見知った人物であり、アマラの親友。俺達は動揺どうようを隠せない。


 足下には散らかした物があり、口元にも残っており、もはや動かぬ証拠である。


「シレーヌ……お前が犯人だったんだな?」


「……はい、どうしても我慢できなかったの、海彦さん」


「水くさいぞシレーヌ。アマラに言ってくれれば良かったのだ!」


「ごめんねアマラちゃん。責任はとるわ……」


「はやまるなシレーヌ!」


 逃げ場のないシレーヌが海に飛び込もうとしたので、俺は必死で止める。


「止めないで海彦さん!」


「いやその前に、このもり魚籃びくを持っててくれ」


「はーい! 食べた分の魚を取ってきまーす」


 と言ってシレーヌは海に飛び込んだ。水しぶきが上がる。


 がけといっても断崖絶壁だんがいぜっぺきではなく、低い岩場である。


 干してあった干物を盗み食いしたので、減った分の獲物を捕りにいったのだ。


 まあ魚好きのシレーヌからしたら、美味そうな干物は食べたくもなるわな。

 でも、食いかすは掃除しようね。


「これで事件は解決なのだ!」 


「いや、まてよ……シレーヌだけであんなに干物を食えるわけがない。犯人は他にもいる!」


 まだサスペンス劇場は終わらない。


 アマラはまたもや気づく。


「あっ! こっちに別な足跡があるのだ」


「……途中で途切れてるな」


 これは単に砂場から森に移動したからで、足跡が残らなかっただけだ。


 これで追跡は断念……しなくてもすむ。なぜなら、遠くで煙が上がっているのが見えたからだ。


 俺達が松林の奥に歩いていくと、

 


「わはははははは!」


「干物は酒のつまみに最高じゃ!」


「うま味が増してるからのう!」


「うむ!」


 そこには酒盛りをしているエリックさんと族長達がいた。


 持ってきたビールもあとわずか、最後の宴会としゃれ込んでいるようだった。


「あっ! 海彦殿。エイルには黙っててくれんかのう? 盗み食い」


「俺は構わないですが、隠せるもんじゃないし……もう遅いですよ」


「あー……なー……たー……」


「げええっ! エ、エイル!」


 エルフのロビンさんは、伏兵にでもあったような声を上げる。



 そう俺の後ろには、すでに奥様軍団がいたのだ。


 別に俺が呼んだわけではない。子供が悪さしたようなもので、そりゃー誰でも気づきますよ。


 バレないほうがおかしい。全員眉を吊り上げて、ゴ○ラのような顔に変わる。


 放射熱線は吐かないが、怪獣大行進が始まった。もう自衛隊でも止められまい。


「ぎゃあああああああああああああああー!」


 旦那達の悲鳴が上がる。俺は見ないようにこの場をそっと後にする。


 盗み食いよりも、残りのビールを全部飲まれたことに、奥様達は腹を立てていた。


 ちなみに酒と米がなくなったのも、村に帰る理由である。


 材料や醸造所じょうぞうしょがないので戻るしかないのだ。


 もはやビールなしでは生きられない。それを奪われた奥様方の怒りは凄まじかった。


 ――食い物の恨みは恐ろしい。


「人の食い意地は果てないな……」


 俺は切ないエンディングを口笛で吹く。


 こうして干物盗難事件は終わった、合掌。


 そしていよいよ、族長達と奥様軍団がテミス湖を去る日がくる。

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