第160話 村に帰りたいのに、帰れない

 次の日、族長達は集まって相談を始めた。俺も頼まれて参加……またいやな予感がする。


 昨日の酒の酔いが覚めると、男達は冷静になって、気がかりなことが頭に浮かんだのだ。


「霧の結界が薄くなったので、今まで見えなかった土地が見えるようになったのう。恐らく村の近くにも変化があったはずじゃ」


「そうだな、兄者あにじゃ。そろそろ村に戻らんといかん」


「何事もなければ良いが……」


「うむ……」


「じゃが、カカアどもは帰る気がなさそうじゃぞ。どうする……?」


「うーん……」


 それが一番の問題で族長達は頭を抱える。


 面と向かって、「村に帰るぞ」とは言えなかったのだ。


 言おうものならジャミラ顔になって怒り、袋だたきにされかねなかった。


 ……嫁はとても恐い。それで俺に白羽の矢が立つ。


「海彦殿、お頼み申すー! 何とかムヘルを説得してくだされ!」


「勇者殿、お願いする!」


 族長達が一斉に頭を下げてきた。神怪魚だけでなく厄介事は、いっつも俺に押しつけられる。


 そんでもって、断ることができない。否応いやおうなく状況が許さないのだ。


 お人好しではないが、俺にも都合があるので、テミス湖からはそろそろ去りたかったのだ。


 ここでも異界人からの無線応答はなかったし、女神のお告げがあった以上、こんどはアルテミス湖に行かねばならない。


「……はあ、分かりました。ただ、今すぐは無理です。あと四、五日くらいはココにいないと、奥様達は満足しないでしょう。それから、俺の方でアプローチして見ますよ。帰る理由は……ということにしておいてください」


「なるほど!」


「それなら理屈が通るし、角が立たずに済みもうす」


「流石は海彦殿じゃ。やっぱりヘスペリスの王に……」


「なりません!」


 こうして族長と男達は動き出す。


 海での漁は止めて帰る理由作りに、あちこちに探検にでることにしたのだ。


 今後のこともあるし、まずは妻のご機嫌をとるのに、フルーツをたくさん採ってくる。


 これは説得のための下準備だ。



 旦那が必死で働く中、奥様達はバカンスを楽しんでいた。


 娘達とビーチバレーをしたり、釣りやサーフインをして遊んでいる。


「おほほほほほほ!」


 笑い声は絶えない。ずっと真面目に働いてきたから、ここらで骨休みは必要だ。


 羽を伸ばしたくなる気持ちも分かるが、奥様達はかなりだらけていた。


 それでも炊事だけはちゃんとしてくれる。


 そのわけは旦那が作る料理がクソ不味まずいからで、とてもじゃないが任せられず、自分達で作るしかなかったのだ。


 まあ、交代で料理をしてるので負担は少ない。


 そんな中、海にまた別な群れが現れる。数十頭ほどで数は少ない。


「またサメ? フカヒレ食べたーい!」


「いえ、あれはイルカです。頭のいい哺乳類なので、食べるのは勘弁してやって下さい」


「分かりました海彦さん」


 すかさず人魚のシレーヌがイルカに近寄ると、鳴き声を上げていた。


「ピィーピィー!」


「ふんふん、そうだったのー……」


「……イルカと話せるんかい」


 人魚は何でもありということで、突っ込まないことにしよう。

 しばらくすると、シレーヌが戻ってきて言った。


「イルカさん達は、ここに子育てに来たそうです。もうすぐ生まれるそうなので、出来れば小魚とか分けて欲しいそうです。毎日エサを捕るのは『しんどい』とか」


「あー、分かるわー。獲物を探すのも、追いかけるのも大変よねー」


「もちろん、いいわよ!」


 これには奥様軍団が全面協力することになる。


 子育ての苦労を知っているからこそ、同情してしまったらしい。


 あとイルカの愛らしい姿を見ると、心がやされる。


 網漁や竿で釣った小魚を与えるだけなので、俺達にさほど苦労はない。


 むしろ、リーフと犬達の飯の用意の方が大変だ。調理するから手間がかかるのだ。


 それに……あいつら、段々ぜいたくになってきてやがる。



 そして次の日には、


「生まれたわ!」


「きゃー、可愛いいいいい!」


 潜水用具をつけて、出産に立ち会った女性陣はおおはしゃぎ、親子が一緒に泳ぐ姿は愛らしくてたまらない。


 赤ん坊イルカがお乳を飲んでる姿をみると、感動して悶絶もんぜつしそうになる。


 動物園も水族館もない世界なので、間近まぢかで見て興奮するのも分かる。


「これはお母さんイルカに、もっと良いエサを与えないといけませんね!」


「大賛成! お乳には栄養が必要よ!」


「あなた、もっとエサを捕ってきなさい!!」


「…………」


 嫁達は飼育員、そして旦那達はパシリであった……。

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