第159話 板前をやるしかない

 網上げ一回で、俺達は漁を終わりにする。


 その気になればまだまだ捕れるが、船の冷凍庫は満杯でもう入らない。


 積載量せきさいりょうの限界だ。


 女神号はクルーザーのようなもので、大型漁船ではなかった。もう十分である。



「じゃー奥様方、料理アシスタントをお願いしまーす!」


「はーい!」


 陸地おかに戻っても俺は休めない。大人数の料理を作らねばならないのだ。


 俺はねじり鉢巻はちまきをして白い調理衣に着替え、奥様達はエプロンをつける。


 見た目だけなら若奥様なんだけどねー。歳は禁句である。


 料理を作るのにみんなが協力的で助かる。まあ、自分達も食いたいだろうしね。


 まずは米炊き名人のアマラの婆さんに、酢飯シャリを作ってもらう。


 そう、今から作るのは、「寿司」。


 俺が寿司を握り、奥様達がネタを切ってのせてくれる。


「ふう」


 できた寿司は、次々と大皿に並べられていった。


 ネタは漁で捕ったマグロ・イカ・タコ・エビ・タイなどもろもろである。


 残念なのは海苔のりがないので、軍艦巻きとのり巻きは作れなかった。


 族長達には頼んだので、牡蠣殻かきがらを使った養殖がいずれ始まるだろう。


 言うまでもなく、全員が大食いである。


 なので百貫ていどの寿司では全然足りず、五百貫作ったところで男達をテーブルに呼んだ。



「いただきます!」


 手を洗って席に着いたみんなが、手づかみで寿司を口にいれると、


「うおおおおおー!」「こ、これは!」「美味いでござるー!」


 誰もが歓喜の声を上げる。


 さすがに生魚に抵抗はあったようだが、一度食えばもうとりこだ。


 ジャパニーズ寿司は、異世界ヘスペリスにも広がるだろう。


「いやー、海の塩も良いのう。岩塩とはまた違う」


「醤油もよい」


「うむ!」


 やはり塩や醤油をつけて食べてこそ、寿司の味が引き立つ。


 塩はきれいな海水を濾過ろかして煮れば取れるし、醤油と味噌は去年のうちから各村で作っていた。


 ビール同様、発酵食品の作り方は百科事典で教えてある。


 ワサビとショウガはニュクス湖で発見したので、たくさん取っておいた。


 生姜しょうがを薄く切って甘酢にけて、俺は「ガリ」を作り、食べたみんなは気に入ってくれたようだ。



 まだ調理は終わらない。メインディッシュのフグが残っている。


 包丁で身を薄く切って、刺し身てっさを大皿に盛ると、すぐに妖怪婆が黙って持っていきやがった。


 ビールを飲みながら、がつがつと食い始める。


「ひょひょひょ! 歯ごたえがあって、なかなかいけるのう」


 無視、無視、料理に集中だ。気にしていたら手元が狂って怪我をする。


 あとはフグ鍋とやき河豚を作って完成。ようやく俺も食え……ない。


「ワン、ワン!」

「キュー! キュー!」


 犬達とリーフが騒いでいる。寿司を与えたが、やっぱり足りないらしい。


 しかもペットたちだけではなかった。


「海彦殿ー、お代わりー!」


「こっちも頼むでござる!」


「うう……」


 あっという間に大量の寿司がなくなっている。素人板前でも休めない。


 まさに厨房ちゅうぼうは戦場で、休み時間のないシェフの辛さが分かった気がする。

 

 それでも奥様達の代わりに、フローラ達が料理を手伝ってくれたのでなんとかなった。


 ただ……


「ネタにフルーツのせるんかい!」


「だって美味しいでしょ」


 確かにフルーツ寿司はある。ただ俺から言わせれば、それは邪道だ!


 アマラ達も神怪魚ダゴンの焼き肉をのせて、創作寿司に走っている。


 そんな孫を見て、アマラの婆さんはニコニコしていた。


「ところ変われば品変わるか……」 


 俺は仕方なく認めるしかなかった。



 ようやく宴会が終わると、


「よし皆の衆、明日もネタを捕りに行くぞー! 海彦殿またスシを握ってくれ」


「おおー!」


「……すみません、休ませてください」


 流石に疲れました……。

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