第158話 網漁にいかねばならない

 俺は近寄って声をかける。


「雅さん、大丈夫かい?」


「ご心配をおかけしました海彦様。私だけ、お告げが違ったようです」


「えっ! そうなんだ、それで?」


「ほとんど聞き取れなかったのですが、『アルテミス湖に……』という、女神様のお言葉が聞こえました」


「……そっか、しばらくしたら行ってみるしかないな」


「ええ、今はテミス湖での生活を楽しみましょう!」


 あっと言う間に料理はなくなった。残った食材は明日の朝飯にしよう。


 食べ終えた奥様軍団はフローラ達と、温泉に入りに行った。


 話し声と笑い声が、遠くにいても聞こえてくる。もうこれは騒音です!



 女性陣が長湯した後、交代で男達が温泉にかり疲れをやす。


 その間に、二階建てバンガローは女性陣に占拠され、男達は最初のバンガローか外で寝るしかなくなる。

 船で寝るのもありだが、もう面倒なのでむしろの上でも良かった。


 寝転がって見る、海の星空は綺麗だった。


 族長達がやってきた次の日。


 キャンプ場と露天風呂の拡張工事が行われ、女性陣は探検をかねてフルーツ採り。


 男達は沖にでて、網漁をすることになった。


「いやー、忙しいのう。ニュクス湖だけでなく、テミス湖も開拓せねばならん。やることが山積みじゃ」


「それでも、生きる楽しみが増えたでござる」


「うむ」


 エリックさんと族長達は話し合って、今後の方針を相談していた。


 族長達は、「ヘスペリス同盟」を結成して、族長会議で全てを決めることにする。


 この異世界のトップリーダーであるから、皆をみちびかねばならない……が、この上に「奥様同盟」が存在するのだ。


 何かを決めるにしても、おうかがいを立てねばならず、嫁さんの欲しい物が優先される。


 不満はあっても、逆らえるはずもない。ヘスペリスの影の支配者は奥様達であった。



 なので命令されたら、海で獲物を捕ってこねばならないのだ。


 幸い女神号に網はあるので、本日は巻き網漁をする予定です。


 一隻が追い込み、二隻が網を円形にして魚を囲い込んで引き上げる。


 これぞ一網打尽いちもうだじん


 俺もクルーザーを出して、みんなに指示を出すことになる。魚群探知機ソナーが役に立つのだ。


 リンダとシレーヌの力も必要なので、つきあってもらう。


 何だか最近の俺は、雇われ現場監督をやってるような気がしてならない。


 族長達は指揮をやりたがらず、俺に押しつけてくる。エリックさんは言う。


「儂や族長の誰かが先頭に立ってしまうと、他の部族は納得できずに、不満を持つことになる。それでは一致団結いっちだんけつはできない。その点、海彦殿は部族のしがらみはないし、神怪魚を倒した勇者であるから誰もが進んでしたがう。この際、ヘスペリスの王になってくれんかのう?」


「……謹んでお断りします」


 理由は分かったが、そんな面倒なことをやる気はない。俺は日本に帰るんだー!



 ソナーが魚群をとらえたので、俺はみんなに指示を出し配置についてもらう。


「よし、今だ!」


「いけー!」


 三隻の連携は見事だった。それぞれ他の船の動きを見て、上手く移動してくれた。


「そーれ!」


 引き上げられてく網には、魚が跳ね回って水しぶきを上げていた。


 大漁である。俺は女神号の一隻に乗り移って、獲物を確認して驚く。


「げっ! マグロも捕れてる」


 オオマグロではないが、魚体はかなり大きく食いではありそうだった。


 死んで鮮度が落ちないうちに、すぐに締めてもらう。


 オグマさんは暴れ回るマグロを軽く押さえつけて、素早く処理をしてくれた。


「勇者殿、これは何でござるか? 足が一杯あって変な生き物でござるのう」


「イカとタコですね。かなりいけますよ」


「海彦殿、このふくらんでる魚は?」


「ああ、河豚ふぐかー……美味いんですが、毒があるんですよ」


 ホテルの調理場で見たので、フグのさばき方は知っている。


 だが調理師免許は持っていないし、命の危険があるので下手に料理は作れなかった。


 俺は食うのをあきらめて、捨てるように言おうとしたところ……



「ひょひょひょ! なら毒を取ればよいのじゃな? いでよ樹精霊!」


「なっ!」


 妖怪婆が甲板に突然現れて、たくさんの精霊を召喚する。


 ロリエやフローラが呼び出す数を、はるかに上回っており、精霊さん達はフグの体の中に入っていった。


 精霊手術の応用で、毒素だけを取り出していく。


寄生虫アニサキスとやらも、とっておいたぞ海彦。美味い料理を作って、ばあに食わせんかい!」


 よく見れば炎精霊が、寄生虫を燃やしている。


 婆は複数の魔法を使って、河豚だけでなく他の魚も安全に食えるようにしていた。


 伊達に長くは生きていない。やっぱり妖怪だ!


「くっ! この婆……」

 

 今回はまともな仕事をしているので、俺は文句は言えず、ここはグッとこらえることにした。

 

 あの海鮮料理を作る気ではいたし、寄生虫に気を遣わずに調理できるのは楽でいい。


 ……それでも、婆に命令されるとムカつく!

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