第157話 嫁さんに頭が上がらない

 あっという間にテミス湖のサメ達は駆除されていき、残った奴らは海へと逃げていく。


 身の危険を本能で悟ったのだろう。


「態勢を整えて追撃しましょう!」


「そうね。まだまだサメはいるし」


「矢をもっと持ってきなさい! あなた!」


「お、おう……」


 やっぱりチャールズさんは嫁さんの尻にしかれていた。これはドワーフだけなのか?


 いや、他の族長達も何も言えずにいるので、変わりはない。


 この場は完全に奥様軍団に仕切られていて、旦那達は命令されるまま、船を動かしていた。


 俺達はその後をついていく。



 入り江から海に出て、奥様軍団がサメに猛攻を加えようとしていた。そこに、


「ん? また別な群れがきたの?」


「別にかまわないわ。一緒に仕留めるだけよ」


「あ、あれは! エイルさーん! 撃つのを止めてくださ――い!」


「わかりましたー!」


 俺は大声を上げて攻撃を止めさせた。


 もうサメは襲ってはこない。それどころではなくなったからだ。


 新たに現れた群れの背びれは黒く、魚体は八メートル以上でサメの倍近くある。


 大きさだけなら脅威だが、人を襲うことはめったにない。


「サメの天敵、シャチです」


 大きな鯨ですら襲う、海の王者だ。今はサメの肝臓を狙ってるようだ。


 マジで食うんですよ、これが。


 シャチに気づいたホホジロザメは震え上がったように見え、我先にと水平線に向かって一目散に逃げだす。


 狭い海岸沿いにいては逃げ場はなく、シャチの餌食えじきになるだけだからな。


 サメ達は散開して必死に泳いでいた。


 もっともシャチの速さはサメを上回り、次々と血祭りにあげられていった。



 俺達はしばらくその光景を眺めていたが、


「ところで海彦さん。サメって食べられるんですか?」


「一応、刺身さしみにして食えますが、アンモニア臭いのでいまいちかも。ただ、尾びれや背びれはフカヒレとして食えますよ。日本じゃ高級食材です、エイルさん」


「なるほど。ほら、アナタ聞いたでしょ? 倒したサメをさっさと引き上げるわよ!」


「わかった……」


 奥様軍団には逆らえず、俺達はサメの回収作業をすることにした。ああ、忙しい日だ。


 確かにこのまま放置して、腐らせるのはもったいないので、エイルさんは正しい。


 サメを甲板にあげて、ひれをナイフで切り取っていく。


 コラーゲンのある骨とトロ肉も取るが、身を蒲鉾かまぼこにする設備がないので、残った胴体はまとめて霧の結界まで捨てにいった。


 終わる頃には、サメとシャチは海から一頭もいなくなっていた。

 


「おりゃー!」


 夕方、男達が雄叫びを上げている。二階建てのバンガローが急ピッチで建てられていた。


 もちろんプレハブなので作業は早い。ちゃんと生活道具は持ってきている。


 テミス湖にやってきたのは、男女合わせて三十名ほど。


 アルザス王のエリックさんと族長達、そして各部族の精鋭で次期族長候補がいる。


 族長は世襲ではなく、皆から認められた者がなれるそうだ。頼まれても俺はパス。


 もっとも現族長が元気なので、代替わりするまで百年以上かかりそうである。


 後学のためにテミス湖にきたそうだが、本当は違う……。


「あなた! 『ぱいなつぷる』とか『まんご』という美味しい果実が、テミス湖にあるんですってね? でしたら食べに行きますわよ。すぐに船を出しなさい!」


「おまえなー、簡単に言うなー! 出航には時間がかかるんじゃー!」


「なら徹夜でやりなさい!」


 と、いつものごとく夫婦喧嘩をしたようだ。


 俺が無線で伝えた情報が、ドリスの母親から奥様連中に広がってしまい、旦那達は押し切られて船を出す羽目になったのだ。


 まあ、娘に会いたい気持ちもあっただろう。

 


 こうして、みんながやって来たのだ。俺としては助けに来てくれたので助かった。


 今は夕食作りに忙しい。奥様達に百科事典を見せながら、調理の仕方を教えている。


 主婦だけあって飲み込みは早く手際がよかった。次々と料理が出来上がっていく。


 フローラ達はフルーツを採りにいった。人数が多くなり、母親達の分も集めねばならなかったのだ。


 夜のとばりが降りる頃、浜辺に集まって宴会となる。


「かんぱーい!」



 椅子が足りないので、男達は立食。テーブルも少ないので仕方ない。

 奥様ファーストである。


「美味い!」


「これはいけるでござる!」


 カニ・エビ・牡蠣かきなどの海鮮バーベキューに、皆が群がって食べ歓声を上げていた。


 網焼きした海の幸は、ほっぺたが落ちるほど美味いです。


 これにフカヒレスープまであるのだから、贅沢ぜいたくの極みだ。


 奥様軍団も南国フルーツと交互に食べており、満面の笑みを浮かべていた。


 ご機嫌ゲージはMAXといったところか。初めて食ったのだから無理もない。


「私、ここに一生住みますわ!」


「うんうん!」


「……おいおい」


 俺は既視感デジャブを見る。雅の母親が娘と同じ台詞を言っていた。


 やっぱり親子である。


 その雅も夜には意識を取り戻して、みんなと料理を食べていた……。

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