第145話 やっぱり海はいい

 すったもんだしながら、ニュクス湖を出発して三日目。


 完全にあたりの景色が変わった。


 水路はほぼ真っ直ぐになり、見えてきたのは開けた大地と、あちこちにある松林と白い砂。


 吹き寄せてくる向かい風はやや強く、この独特の臭いは懐かしい。もはや俺の人生の一部。


 遠くから聞こえてくるのは波の音。寄せては返す、さざ波……



「海よ! ワタシは帰ってきた――――! ……日本じゃないけどね」



「これは、でっかい湖なのだ!」


「うんうん」


「本当に海は広いのね」


 俺達はテミス湖に入った。ここは海とつながっている汽水湖きすいこで、マジでかい。


 湖に小島などはなく、ほぼ真っ平らで起伏きふくはない。


 テミス湖も他の湖と同じく綺麗であり、水が透き通っていた。


 何匹もの魚が飛び跳ねてるので、釣りをするにはもってこい。何が釣れるか楽しみだ。


 あとから測量してみたところ、テミス湖は秋田県に昔あった八郎潟はちろうがたに近かった。


 女達は大きな湖と海を交互に見て、感動してるようである。初めて見たのだから無理もない。


 ここまで来た者は、ヘスペリスでは誰もいなかっただろう。


 辺り一面を見渡しても民家はなかったので、ここに住んでいる亜人はいないようだった。


 一つ残念なのは遠くにある水平線が見えないことで、霧の結界に隠れてしまっている。


 それでも海の広さは十分、感じられた。やはり海はいい。



 俺達はひとまず、船を停められそうな場所を探すことにする。動くのはそれからだ。


 俺が双眼鏡で見る前に、みんなが一斉に同じ場所を指差す。


 俺も視力はいい方なのだが、亜人の目には負ける。光る水面があると物を探すのは難しいのだ。


 女達に水先案内はまかせて、俺はクルーザーの運転に集中することにした。


 しばらく進むと、突き出た地形が見えてくる。湖のみさきだ。


 上陸するにはちょうどいい大地で、高さもあり船を寄せて停泊するのに使える。


 俺は舵を小刻みに動かしながら操船し、慎重に位置を合わせてクルーザーを停めた。

 雅のプリプリ号が後に続く。


 かじを握っているのはミシェル、操船は一番上手である。


 交代で親衛隊員も操縦するが、雅だけはさせられない。


 王女だからではなく、滅茶苦茶な運転をするので、下手をすると船が転覆するからだ。


 だから俺もハイドラだけには、クルーザーの舵を絶対に握らせなかった。

 


「ついたのだ!」


 渡し板をかける前に、アマラはクルーザーから飛び降りて駆け出してしまう。


 やはり獣人、狭い船上よりも広い大地をかけ回りたいのだろう。


「ワン、ワン!」


 ドリスの犬達も喜んで、後を追って走り出す。


「まってー! アマラちゃん」


「転ぶなよー」


 シレーヌも慌てて駆け出す。二人ともはしゃぐ子供のようである。


 残った俺達は雅達と相談することにした。


 みんなで何度も周囲を確認してみたが、人も家も見当たらなかった。


 ウミネコはいるが他の獣はいないようだ。ここは完全に未開の土地である。


「しばらくテミス湖にいるのですよね? 海彦様。でしたらまずは、みんなが住む場所を作りましょう」


「賛成ね。船の中ばかりにいたら疲れるわ」


「そうだな、こんな時のために小舟には資材を積んでおいたんだし、使わないと意味がない。無人島に流れ着いたのと同じだ。まずは生活基盤を作らんとな。ハイドラ、海から回って物を運んでくれ。俺達は砂浜で引き上げる」


「わかったわん。海彦との愛の巣を作るのねん」


「ちゃうわい!」


 何度もめげずに誘いをかけてくるハイドラは、ある意味すごいと思う。


 俺にその気はないが、ぶれない行動は大したものだ。

 単にあきらめが悪いだけなのかもしれんが……。

 


 雅に頼んで、親衛隊にも小舟での輸送を手伝ってもらう。 


 その間に俺達は生活必需品を、クルーザーから運ぶことにする。


 そうと決まれば、みんなの行動は早かった。


「よっこらせ、だわさ!」


 リンダは調理道具一式を木箱に詰めたかと思うと、肩に担ぎ上げてスタスタと歩いていく。


 さすがはオーク、力はある。


 フローラも自作リュックに大量の食料を詰めこんでいる。見るからに重そうだ。


 俺はそんなに力はないので、ドリスとロリエに手伝ってもらうことにする。

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