第139話 あつかいに困るしかない

 俺は運転席に座り、モニターのタッチパネルを操作する。


 クルーザーの前方カメラが、赤外線モードに切り替わって、外が昼間のように映る。


 視界は良好で問題なし、夜間航行システムを初めて使った。船のサイドとバックにもカメラがついているので周囲の状況は丸わかりである。


 これで事故を起こす心配はないだろう。やはり、お高い船である。


 それと夜目のきくエルフ二人が、危険があれば教えてくれる手はずになっていた。


 

「出航!」

「あいよ!」


 ゆっくりとクルーザーは港を離れ、俺は急がずに慎重に進む。


 もしも、新たな神怪魚がいたら速攻で逃げる気でいた。


 戦う準備はしてないし皆疲れているので、とても戦える状況ではないのだ。


 辺りを警戒しつつクルーザーが小島に近づいていくと、光の柱は段々細くなっていった。


「ほんとに何なのかしら?」


「海彦がきてから初体験なことだらけよん。毎日が刺激的だわん!」


 ハイドラがわざと嫌らしい言い方をして、俺に色目を使ってきやがった。

 少しでもその気にさせようとしてるのだろう。


 その手には乗らんが、緊張がほぐれたので心の中では礼は言う。声に出したら、謝礼に身体を求めてくるから手に負えない。


 やがて俺達は小島についた。と同時に光は収まる。


「なんだありゃ?」


 モニターから湖を見ると、前方の水面に何かが浮かんでいた。大きな玉のように見える。


 漁業用の浮き玉ではない。ヘスペリスにはない物だし、かなり大きいのだ。


「リンダ、エンジンを止めてくれ」


「あいよ」


 俺はクルーザーを止めてから操縦室を出て、たも網を持ち出した。


 とりあえず、ソレをすくい上げてみることにする。だが問題が……



「しまった! 暗くて何も見えん。参ったなこれは、懐中電灯をとって……」


「おまかせください、海彦様。いでよ光精霊ウィルオウィスプ、あたりを照らせ!」


「おおっ!」


 雅が精霊を召喚すると、クルーザーの周囲が真昼のように明るくなる。


 これはイカ釣り漁船の漁り火いさりび以上に、まぶしい明かりだった。


 これだったら大漁間違いなし! 魔法ほしーい!



 ――さて、ここで問題です。精霊さんはどうやって光を出しているのでしょうか?


 答えは……ほたるに乗っているだけでしたー、ちゃんちゃん。



 まじで大きな蛍に騎乗ライドンしてるだけで、精霊さんは特に何もしてはいない。


 蛍を操ってるだけだった……役には立ってるので、突っ込むのは止めておこう。


 この明かりのおかげで浮いている物の場所は分かり、たも網ですくい上げることができた。


 多少重いが、釣った魚のように暴れたりはしないので特に問題はない。


 甲板に移動させて網から外して見ると、直径は三十センチ以上あり、バレーボールの五号球より大きかった。


 半透明で中にある黒い物が動いているように見える。俺はその正体に気づく。


「これは受精膜じゅせいまく――卵か!? するとまさか!」


「きゃ!」


 俺が触っていると卵が激しく光った。まぶしくてたまらず、全員目をつむる。


「うっ!」


「キューイ」


 光が収まり目を開けてみれば、そこには生き物がいた。


 それは小さな首長竜、大きさは二十センチくらいか。体色は深緑でどす黒い。


 フタバサウルスの子供であることは、誰にでも分かった。


「……卵があったから、小島から離れなかったのか」


「親が交代で、見守っていたんでしょうねー……」


 フローラの言葉に、みんながうなずく。二頭は子供を育てようとしていたのだ。


 それはいいとして、


「コイツ、どうすりゃいいんだー!」


「うーん……」


 俺も女達も、生まれたばかりのチビ竜の扱いに困ってしまう。


「……神怪魚に成長するなら、今のうちに殺すしかないわん」


「それか、そのまま捨てる手もありますわ。ピラニアかワニにすぐ食べられるでしょう」


「うう……」


 狩猟では子熊でも場合によっては殺すことはある。アイヌは育てるそうだが……。


 ただ網にかかった小魚は、再放流するのが漁である。


 これは連綿と受け継がれてきた掟であり、絶対に破ってはならない。


 あとで大きくなって増えるのを期待するが、たとえ放流しても海での生存率はかなり低いのだ。


「生き残れるマンボウは二匹だけ」の話は大げさだと思うが、生態が分からないので、あながちウソとも言えない。

 


 俺達は悩む。


 親のフタバサウルス二頭を仕留めて、さらに子供の命まで奪う権利が人にはあるのか?


 神怪魚からすれば、ただ生きたいだけにすぎないのだ。それが命である。


 後で大悪党になるとしても、抵抗すらできない赤子に、俺は手をかけることはできなかった……。

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