第108話 ニュクス湖にいく準備をするしかない

 二人の前に置かれているのは、雑炊おじやで熱くないようにさましてある。


 よい香りもしており十分美味そうなんだが、手をつけようとはしない。


 アマラは腹が鳴りっぱなしで、口からよだれもたらしているが、暗い顔をしたまま椅子に座っていた。


 俺は食べるようにすすめる。


「遠慮しないで食ってくれ、食わないと体は治らない」


「…………」


 シレーヌも黙ったままだった。


 うーん、なんでだ? ……あ! そうか、俺が神怪魚退治を断ったから、落ち込んでいるのだろう。


 まずは二人を安心させることにする。 


「俺達はニュクスの湖に行くことにした。力になれるかどうか分からんが……」


「本当!?」


「うん。だからアマラに案内を頼むから、食って元気になってくれ」


「分かった勇者!」


 これでアマラとシレーヌは笑顔になり、雑炊を食べ始める。

 スプーンは使わずに、手づかみで喰らう。うーむ、正に野性少女。


 あっと言う間に食べ終わり、皿を舐め始めたので、おかわりをよそう。

 食事も満足にとっていなかったようだ。


 二人は満腹になると船をこぎ始め、まぶたが何度も落ちかかる。


 俺はベットまで連れて行き、寝かせることにする。もうしばらくは安静だ。


 寄り添って眠る、二人の寝顔は可愛らしかった。



 俺はクルーザーから外に出て、出立の準備をせねばならなかった。

 とっくに雅やフローラ達は動き出している。


 神怪魚が相手となれば、ピクニック気分でいけるものではなかった。


 正体が不明であれば万全の用意をしても、し足りない。

 今までも魔法とかで苦戦したので、簡単に倒せるとは思えなかった。


 俺はエリックさんと何度も相談して、今後の予定を決める。


「まずは現地にいって、神怪魚ダゴンを見ようと思います。次に、獣人族とコンタクトをとって、居留地きょりゅうちを作りたいですね。いわばベースキャンプです」


「それが良いじゃろ。しかし獣人との交渉はどうする? ニュクス湖は遠かったからアルザスの人間でも行った者は少ないし、獣人と会った者もおらん。原住民は警戒心が強いから、近づいただけでも攻撃されるかもしれんぞ? 危険じゃ……」


「俺がアマラを通して交渉してみますよ。断られたらあきらめて、他の場所を探します。船を停める港は、どうしても必要ですからね」


「そうじゃな、行ってすぐに神怪魚を倒せるなら苦労はない。相手は化け物じゃからのう。では場所が決まったら、アルザスから船団と騎士を送ることにする」


「お願いします。それで……雅が旅についてくるって言ってますけど……いいんですか?」


「すまん! 娘を頼む海彦殿。もう言い出したらテコでも動かん。ワイフでも止められんのじゃ!」


「……分かりました。なるべく危険な場所には、近づけさせないようにします」


 ここまでくると、頭がお花畑なお姫様にしか思えない。


 雅は苦労知らずに育ったから、恐怖を知らないのだ。


 こうした人間は一度痛い目をみないと、一生分からないのだが、アルザスの王女に怪我をさせる訳にはいかなかった。


 まあミシェルを筆頭に、女性親衛隊が護衛につくそうだから多少は安全だ。


 水泳は全員達者なようで、俺は競泳水着をいくつか渡しておく。


 まだ水をはじく合成繊維は開発中なので、クルーザーにある水着が良い。


 ちなみに獣毛類は材料として使えるが、シルクは水に弱くてケバケバになる。


 ミシェルは前の戦いで鎧を着たことを反省し、親衛隊と毎日水練にはげんでいた。



 俺は雅の乗る船を見に行くと、


「海彦、この船は凄いわん!」


「いえいえ、海彦様のクルーザーには、まだまだおよびません。おほほほほ!」


 ハイドラが絶賛した船は、鉄のクルーザーだった。


 去年から建造が始まり、最近になって蒸気タービンエンジンが取り付けられたらしい。


 伝えた技術の結晶で、作ったのは人間とドワーフ。


 さらにエンジンには改良が加えられて、俺が今回取りつけた物より性能がよい。


 電気で動かせる仕掛けがあり、ハイドラが興味を持ったのも分かる。


 船名――プリンセス・プリースト号。略してプリプリ号。


 雅にあやかった名前だ。お姫様は司祭職で防御魔法を使えるそうだ。


 これは戦闘時に役立ちそうで、守るフローラの負担が少しは減るだろう。

 


 こうして数日が過ぎる頃、アマラとシレーヌはすっかり元気になった。


 やはり獣人と人魚の回復力は高い。厳しい自然の中で生きているからだろう。


 二人が治ったのは喜ばしいのだが、ある問題がおきてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る