第107話 精霊手術はすごい

 翌日。


 クルーザーのサロンに、ロリエとフローラが入っていた。

 元々治療室として使えるようになっていたので、手術室にしても問題はない。


 俺達は室外からガラス窓越しに、見守ることになる。


 手術を見るのは初めてで、やはり心配だ。

 俺は受けたことも、待たされた経験もないから不安である。


 ホビットのばばあ秘伝の麻酔薬で、アマラは台の上で眠らされていた。

 手術には多少痛みをともなうらしいから、やはり麻酔は絶対必要だろう。


 アマラはぐっすりと眠っているようだった。


 ロリエとフローラは白い割烹着かっぽうぎを着て、手袋をはめてマスクをしていた。


 二人がアマラに近づき、手術が始まる。


 ただ体を切るメスは見当たらず、ロリエは精霊を召喚した。

 

「いでよ樹精霊ドリアード! この者を癒やしたまえ!」


 軟膏なんこうを持った精霊がたくさん現れて、アマラの体の中に入っていく。


 精霊達は体の中の傷を治してるようだ。


 それに加えて血塊ケッカイや毒素と、細かい骨などを取り出してくれる。


 アマラはあちこち骨折しており、まともな治療はしてなかったようだ。


 フローラはそれらを精霊から受け取り、木製の膿盆のうぼんにいれていた。

 食器を代用した手術皿だ。


 血は少ししか出ず、これは現代の外科手術を上回るだろう。


 体を全然切らないから回復も早いはずだ。マジに凄いと思う。


 ロリエは精霊を慎重に操りながら、汗を流していた。


 手元が狂えば、手術が失敗しかねない。フローラはハンカチで額の汗を拭いてあげていた。


 俺も声を出さないように、手で口を押さえていた。くしゃみもできない。


 精霊手術は二時間ほどかかり、無事に終わる。

 割烹着を脱ぎ、アマラにタオルケットをかけてから、ロリエ達はサロンから出てきた。


「ふうー」


「二人ともお疲れ、それでアマラは大丈夫なのか?」


「手術は上手くいったわ。でもしばらくは安静が必要ね」


「もう少し手当が遅れていたら、危なかったの。何とか間に合ったから、安心していいわお兄ちゃん」


「そうか、よかった」


 俺はロリエから聞いてホッとする。


「シレーヌの体もひどい状態だったわ。あちこち傷だらけで、生きてるのが不思議なくらい。恐らく神怪魚にやられたのね。治りは私達より早いようだけど、無茶しすぎよ」


「なるほどな、じゃー二人は休んでくれ。俺がアマラを見てる」


「そうさせてもらうわ。何かあったら起こして」


「ああ」


 フローラとロリエはクルーザーの寝室へとおりていく。

 休むついでにシレーヌをみるのだろう。


 俺はサロンに入り、椅子に腰掛けてアマラを見ていた。

 呼吸は静かで、ぐっすりと眠っている。俺はその寝顔を見てしみじみ思う。


「……こんな小さい体で、神怪魚ダゴンと戦っていたのか? しかもたった二人で……確かに無茶だが、それだけ必死だったんだな」


 どうやっても勝てなくて、藁にもすがる思いで、勇者に助けを求めにきたのだろう。


 ボロボロの体といかだで、アルザスにまでやってきた苦労は、並大抵ではなかったはずだ。


 俺は心底同情し、助けてやりたいと思った。いまだに気は乗らないが仕方ない。

 当初の目的である異界人探しに、ニュクスの湖に行く必要もある。


 それと無下に断って、自殺でもされたらたまらん。


 まあ、やるだけやってみるさ。



 アマラの看護を交代で行い、手術から二日後にアマラは目をさます。


 室内をきょろきょろするアマラに、シレーヌが抱きついた。


「アマラちゃん、うえーん!」


 シレーヌは包帯まみれで、うれし涙を流している。

 仲の良い友達なのであろう。


 手術したことをアマラに話して、まずは飯を食わせることにする。


 もう動けるようだが、栄養を取らねば完全に回復はしない。


 リンダが消化の良い料理を作って、すでに用意してくれていた。


 しかし、二人は料理を食べようとはしなかった……。

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