第106話 選択肢はいつも一つしかない

 他の女達も目線を俺に向けたので、もう誤魔化しようがなかった。

 顔が知られた以上、逃げようもない。


 アマラとシレーヌは近寄って、必死に懇願こんがんしてくる。


「お願い勇者様、力を貸して!」


「勇者、頼む」


「いやあー……ちょっとー……無理ー……」


「ふえ――――――――ん!」


 やる気のない俺が断ろうとしたら、シレーヌが泣き出してしまった。


 大粒の涙をボロボロとこぼす。これには参ってしまう。


「あわわわわ! 泣かないでくれー!」


「もう死ぬしかありません! うえ――――ん!」


「シレーヌだけを死なせない。アマラも一緒にし…………」


「アマラちゃん!」


 獣耳少女が気を失い、突然倒れた。


 すぐに治療師でもあるロリエが、触診してアマラの体を見ている。


「ひどい熱! この子の体ボロボロだわ。お兄ちゃんベット借りるね!」


「ああ、クルーザーは自由に使ってくれ!」


「あたいが連れてく!」


 リンダがアマラを抱きかかえて、歩き始める。


 シレーヌは心配そうな顔で、後についていった。



 騒然とした中、フローラは眉を吊り上げて怒り、俺に詰め寄ってくる。


「ちょっとひどいじゃない海彦! わざわざ遠くから助けを求めにきたのに、あんな態度はないわ!」


「みんなが言ってるだけで、俺は勇者じゃない! 神怪魚の相手はもうこりごりだ! 湖ごとに女神はいるんだろ? だったら別の勇者がいるんじゃないのか? そいつにやらせろ!」


「それはないわん。女神の啓示だと、今いる勇者は海彦だけよん」


「ハイドラの言う通りよ。確かに海彦は召喚じゃなくて、事故でヘスペリスにきたけどね」


「うう、だけどなー……」


 俺は全く気が進まない。


 この異世界に義理は十分果たしたし、なんで三匹目も相手せなあかんねん! 


 どうもいらつくと関西弁になるが、俺は大阪人ではない。


 ごねてる俺を見ながら、フローラが何かひらめいたようだ。


 よからぬ事を思いついたようで、笑っているのが怖い。


「……五つの湖がつながってるのは知ってるわよね?」


「ああ、前に聞いた」


「ニュクス湖の瘴気ミアスマがヘカテー湖に入ってきたら、霊道アウラが開けなくなるかもしれないわよ。となれば海彦は日本には帰れない。それとこのままだと旅も続けられないわよ! それでもいいの!?」


「がーん!」


 ああ、とかくこの世はままならず……ドワーフのチャールズさんではないが、自分のやりたいこと、したいことができない。


 真実……じゃなくて、選択肢はいつも一つ!


 俺に神怪魚と戦う以外の道は、見当たらなかった。

 もう八つ当たり、やけくそ気味に俺はわめく。


「ああ分かったよ! とりあえずニュクス湖へ行って見る――行って見るだけだからなー! 無理だと分かったら、何と言われようと帰る!」


「ええ」


「大丈夫ですわ、海彦様! アルザス王国が全面的に御協力いたします。私も旅に御同行させていただきますね。必ずお役に立ってみます。なんて素晴らしいんでしょ! この目で勇者様の神怪魚退治がみられるなんて、夢のようですわ!」


「そうですね雅様。海彦ならどんな化け物でも倒すでしょう!」


 おいコラ、お前ら何を夢見ている! 勇者物語に酔いしれるなー! 


 童話じゃ脚色されて、格好いい活躍を勇者はするのだろうが、それは大間違いだ。


 必死で泳いで逃げ回り、泥にまみれて砂を噛み、ズダボロになって戦うのが現実だっつうーの!


 俺は昔話の検閲けんえつを要求する! 


「私達も手伝うし、必要ならパパ達も呼ぶわん。だから頑張って海彦」


「はあー……もうやるしかないのか」



 女達にせがまれて、俺はため息をつく。


 取りあえずアマラ達はロリエに任せて、俺達は近くにある王の別荘に泊まることにした。


 別荘につくと事の次第しだいを、雅がエリックさんに電話で伝えてくれた。


「お父様は大喜びで、やる気満々ですわ。『必要な物はすぐに用意する!』とのことです」


「そっか……流石は元勇者。魔物と戦う前の前哨戦なんだろうな」


「ええ、良い訓練になりそうです」


 そこにフローラが戻ってくる。クルーザーに様子を見に行ってくれていたのだ。


「アマラの様子は?」


「今日は薬を飲ませて休ませてるけど、様態が落ち着いたら、明日にもロリエが手術をするって」


「おいおい! アマラは重傷なのか!?」


「そうみたいね。でもすぐに死んだりはしないわ。手術の準備をするから、ここにあるシーツとかもらうわよ、雅」


「ええ、御自由に何でも使ってください」


 フローラは慌てず冷静だ。エイルさんのとこで、治療の手伝いをしてきたからだろう。


 俺は心配で気になるが、やれる事は物運びくらいだ。


 あとはロリエとフローラに任せるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る