第103話 女の長電話は待ってられない

 魔物とのいくさには亜人達との協力もなくてはならない。

 族長達との連絡を密にするのに、フローラ達に頼んだのだが……


「……長い」


「それでね――あとね――それから――そうそう」


 接続詞が永遠と続いている。


 ……かれこれ二時間、電話ボックスに入った四人は自分の母親と通話していた。


 よく話題が続くもので、俺は不思議で仕方ない。全員嬉しそうに談笑している。

 これが女の長電話というやつか? 


 まあ他に電話を待っている人はいないし、ハイドラが電力供給してるので迷惑にはなっていない。

 ただ、待っていた俺は我慢の限界にきて急かす。


「おーいフローラ、いい加減ロビンさんに用件を伝えろー!」


「うっさいわね! 父さん出して、母さん」


『フローラ、元気か!?』


「ええ、元気よ。あれと、これと、それやっといてね。じゃーね、バイバイ!」


『フロ……』


 ガチャン、と父親との通話はものの数秒で終わった。他の娘達も同様である。

 男親と話す気はないらしく、俺は人生の空しさを感じた。



 その他の機械や道具もドンドン作られていく。

 活字の鋳造と銅の溶解加工エッチングにより、活版印刷機が完成した。


 動力は言うまでもなく蒸気機関、大量に作られた紙にられ本となる。

 本の中身は、エルフ語に翻訳された現代知識だ。


 これで同じことを繰り返して教えることはなくなり、俺もお役御免……とはならなかった。

 電子書籍の内容は多すぎるので、まだまだ伝えていない知識が沢山あるのだ。

 できる限り教えようと思う。

 

 雅も職人達を集めて、本気である機械を作らせていた。

 晩餐会での写真を渡したとき、


「これは素晴らしいですわ。一生の宝物にします! 海彦様ありがとうございます!」


「あ、ああ……」


「アルザスでも写真機を作りますわ!」


 大喜びした後で、本気でカメラを欲しがって作り始める。


 もともとガラス工芸が盛んなアルザスである。レンズを作るのはわけもない。


 普通はガラス材料を金型にはさんで、全体を加熱しながらプレスしてレンズを作るのだが、金型が熱ですぐにダメになる。


 だから、ガラスレンズの値段は高いんだよー!


 しかし、炎精霊サラマンダーを召喚して仕事をさせれば、材料だけに熱を加えて成形することができるのだ。


 精霊は人のような肉体を持たず、物体をすり抜けることができて火傷することもない。

 しかも余分な空気を取り除いてくれるので、気泡ができない。


 鋳造ちゅうぞうでも空気が入ったら壊れやすくなるが、それが一切ないのだ。

 精霊さん恐るべし、出来たレンズは強度も透明性も高い。


「すげーな」


 磨き上げられたレンズは美しいの一言。見事な工芸品と言っていい。

 ……それは奪い合いになる。


「双眼鏡じゃ!」


「いいえ、お父様! 絶対にカメラです!」


「天体望遠鏡ですじゃ、占いには必要です。王よ!」


「いや顕微鏡けんびきょうが先です! 新薬開発に使いたいです!」


 エリックさん・雅・星見・薬師が言い合って争う。

 レンズの用途はいくらでもあり、皆が欲しくてしかたない。


 結局ジャンケンで決めた。


「く、くそー! グーは殴る時は強いのにー!」


 エリックさんの双眼鏡は、後回しにされることになる。



 雅のカメラも少し待たねばならなかった。


 光学カメラだけなら構造は簡単なのですぐに作れるが、問題なのは感光フィルムと現像液で、製造するには化学薬品が必要だった。


 他にもいろいろな用途で薬品は必要である。冷凍庫用の冷媒ガスも欲しい。


 そこで、ヘスペリス初の研究所がアルザスに作られ、人間と亜人達が集まって科学者となる。

 研究所では、合成繊維やバイオプラスチックなど様々な物が作られるようになる。


 ただし化学物質は有害な物が多く、俺は公害やゴミの危険性を伝えて、精霊さんによる分解処理施設を作ってもらった。


 ヘスペリスの自然環境を汚してはならないのだ。


 こうして日々が過ぎていく。いまだ無線連絡はない……。

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