第32話 意気がるしかない

 わずか七日ほどで造船所は完成する。その他の設備も出来上がった。

 肝心の船造りはこれからだ。


 材料から吟味ぎんみされ、選ばれた太い木を切り倒して、枝を綺麗に切って皮をはがす。


 船の材料となる角材やら長板も、たくさん作られた。


 作業場に太い木が運び込まれ、いよいよ竜骨キールが作られる。


「火の精霊サラマンダーよ! 風の精霊シルフよ! 現れ給え!」


 魔法師達マジシャンが精霊を召還する。

 ちなみに、誰もが魔法を使えるわけではないらしい。それも使える系統は一人一つ。


 巫女のフローラは別格で、幾つもの魔法が使える。

 サラマンダー達は火鉢の中に集められ、シルフ達は風を起こして、木に熱風を当てていた。


「曲げ木か、凄いな」


 職人達が要所要所に火鉢を移動させて、太い木を少しずつ曲げていく。


 滑車を使って引っ張り上げ、木は湾曲して見事な竜骨となった。船の背骨だ。

 本来、太い木材は曲げられず折れてしまうのだが、亜人の技術はすばらしかった。


 同様に木板も張られていくが、船底を中心に鉄板が取り付けられていく。

 体当たりされても船が壊れないように、みんなで議論が交わされる。


 ロビンさんとリンダは、何度も相談していた。

 鍛冶場で鉄を叩く音が鳴り止まない。


 俺は毎日釣りに励む中、クルーザー内でフローラと打ち合わせをする。


「船の方は私が操るからいいけど、実際どうやって神怪魚ダゴンと戦うの?」


「こいつで『赤兜』と戦う。最新のトローリングロッドで、ホオジロザメにも対抗できる代物だ。船ごと引っ張られたとしても、ついていける。持久戦にもちこんで、戦うつもりだ」


 穂織は赤兜といい勝負をしており、海に落ちなければ奴が疲れて、倒せたかもしれない。


 現代最強の釣り具だ! メイドインジャパンは伊達ではない! 絶対に勝つ!


 俺は負ける気がしなかった。



 しばらくして、ついに鉄船が完成した。

 皆が見守る中、造船所に水が引き込まれる。


「おおっ!」


 船は見事に浮いて、誰もが歓声をあげた。進水式は上手くいき、お祭りとなる。

 この世界で初めて作られた鉄の船だ。


 全長十一メートル、舟幅は二メートル五十ほどの帆掛け船。


 クルーザーよりは小さいが、俺は下から見上げて感動していた。


 早速、釣り道具を持ち込み、戦う準備を開始する。明日はいよいよ決戦だ!


 数人乗れるが、船に乗り込むのは俺とフローラだけである。

 二人で十分やれるし、他のみんなには別な仕事を頼んでいた。


 シルフで帆に風を送ってもらい船を動かし、操舵を全てフローラに任せ、俺は釣りに専念するつもりだった。


 また、万が一に備えて、魔法で船を守ってくれるように頼んでおく。

 赤兜は知能が高く、不測の事態もあり得る。


「わかったわ」

 

 鉄船の船首楼せんしゅろうには、四角くくぼんでる箇所があり、そこに竿を差す穴と、俺が座れる椅子があった。


 革のベルトで体を固定できる、自動車の運転席シートのようなものだ。


 これなら神怪魚に体を引っ張られても、竿を手放すことはない。

 奴にも体力の限界があることは、やりあった俺が一番分かっている。


 疲れ切ったところを見計らい、全速力で鉄船を砂浜まで移動させ、逆に赤兜を引き連れていくつもりだ。


 浅瀬に乗り上げてもかまわない。


 それで、どうするかって?


 クレーンもない船では、赤兜を持ち上げることはできない。魚体が重すぎるのだ。


 ならば釣り上げるのではなく、奴を陸地おかまで引っ張り上げればよいのだ。


 前もって浅瀬付近に網を仕込んでおき、奴が入ったらみんなで力を合わせ、網を引っ張る。


 俺が考えたのは、『地引き網作戦』だった。すでに丈夫な網を用意してもらっている。


 いくら赤兜が強かろうが、泳げなくなった魚など、どうということはない!


 わっはははははは! 完璧だ! 完全無欠の作戦だ!


 あとは煮るなり焼くなり自由自在、俺も晴れて日本に帰れるだろう。

 早く明日が来ないかなー、俺は遠足前の子供のようになってしまう。


「ぐっふふふふ」


 こみ上げてくる笑いが抑えられない。

 すでに勝ったつもりでいる俺に、ロビンさんが水を差してくる。


「まあ無理はせんで、危うくなったら逃げてもええぞ。船もまた作ればいい」


「大丈夫ですよ。きっと上手くいきます」


 不吉な予言を俺はまっこうから否定した。

 冷や水を浴びせられて、俺は不快になるが、結果を出してから誇ることにする。


 この時の俺は、完全に意気がっていた

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