第33話 湖は広い

 翌朝、快晴、無風。絶好の退治日和。


 もっとも女神の湖で、強風が吹き荒れるのは、年に数度と聞いた。

 恐らく台風だろう。今の俺達にとって、風がないのは逆に有り難い。


 精霊シルフでの、船のコントロールがしやすいからだ。


 準備万端整った。鉄船の帆をみんなに上げてもらい、俺とフローラは乗り込む。


「みんな、地引き網の方は頼む!」


「おう!」


「鉄船出航!」


「シルフよ、風を吹かせたまえ!」


 碇を上げて、船は湖の沖へ真っ直ぐと進む。

 フローラの操舵もさることながら、船体にガタつきがなく揺れも少ない。

 見事な船だ。みんなに作って貰ったからには、結果でお返しせねば。


 俺は湖の地図と簡易コンパスを見ながら、進行方向をフローラに指示する。

 赤兜がいそうなポイントは、前もって調べておいた。


 俺とて、毎日釣りばかりしてたわけじゃない。

 小舟ボートを借りて、湖の測量をしていたのだ。


 道具はクルーザーの中にあった、携帯型レーザー距離計を使い、高低差も測る。


 メモ帳に書き、メモリ内に記録されたデータを元に、パソコンで地図を作り上げた。


 海であれば、海図は船乗りやライフセイバーにとって、何よりも重要である。

 潮の流れ、点在する島や岩礁などを頭にたたき込んで、事故を未然に防ぐのだ。


 地図が重要なのは湖でも変わらない。この場合、「湖図」というべきか? 


 出来た地図をプリンタで印刷した。

 色んなバイトを俺はしてきたので、このくらいは朝飯前だ。


 それで分かったのは、湖の広さは北海道にあるサロマ湖ほどであり、形もにている。


 ただし、奥の方には細い水路があって、そこが別な湖とつながっていると聞いた。


 女神ノルニルの湖は全部で五つ。


 テミス・ニュクス・ヘカテー・セレネ・アルテミスと呼ばれ、それぞれ女神の名を冠していた。


 全部の湖を合わせたら、どれほど広いのか想像もつかない。

 ちなみに、俺達がいるのはヘカテーの湖だ。

 

「見えてきたわ」


「ああ、いよいよだ」


 俺達に緊張が走る。黒く濁った水がある場所に、鉄船は入り込む。


 もう赤兜の領域テリトリーだ。奥に進むとボコボコと、泡だっているカ所もある。


「『瘴気ミアスマ』よ! 早く何とかしないと、湖が腐れてしまうわ!」


「ああ、奴を倒すぞ! 船を止めてくれフローラ」


「ええ」


 俺は素早くトローリング竿を用意し、エサと針をつけた。

 イワナの生きエサである。ルアーに引っかかるとは思えなかったので、これにした。


 汚れた湖にエサを投げ込むと、イワナは泳いでいく。あとはかかるのを待つだけだ、


 今のうちに竿と体を、革ベルトでがっちり固定しておく。


「さあ、いつでも来やがれ! ――て、いきなりかよ!」


 トローリングロッドが大きくしなり、リールからどんどん道糸が出ていく。

 この反応は奴でしかない。


「赤兜だ! 通常の三倍で道糸ラインが減っている。フローラ、振り落とされるなよ!」


「命綱はつけたわ! 海彦、頑張って!」


「よし、いくぞー!」


 俺と神怪魚の戦いが始まる。初戦は引き分けだったが、二戦目ラウンドツーは俺が勝つ。


 そのために、最高の船と釣り具を用意したのだ。


 唸るドラグ、軋むギア、俺はリールを限界まで使う。


 赤兜は魚類であれは最強だろう。だが奴がいくら暴れても、俺は微動だにしなかった。

 もともと釣り上げるつもりはなく、まずは赤兜のスタミナを奪うのが目的だ。


 長期戦は必至、半日……いや、二十四時間戦ってやる!

 まあドリンク剤一本では無理なので、簡易食も用意しておいた。


 赤兜の動きが変わる。


「船が動きだしたわ!」


「ああ、引っ張りまわす気だな。それこそ俺の思うつぼだ!」


 好きなだけ船を引っ張るがいい。泳げ! 暴れろ! そしてバテろ!

 鉄船を作ってもらったのは、防御するためだけじゃない。


「重し」として、お前に負荷をかけるためなんだよ!


 さあ、いつまでもつかな? くっくくくくくくく!

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