第29話 一夜を共に過ごすしかない

 真ん中のベットスペースはかなりあり、俺とフローラは離れて寝ている。

 ソファーと組み合わせれば、大人数で眠れるだろう。至れり尽くせりだ。


 弟と並んで寝ることはあったが、女と添い寝するのは初めてだ。


 緊張は高まる一方である。お互い背を向けて、何も言わない時間がつづく。

 意識していては、眠れるわけがない。それはフローラも同じ。


 最初に沈黙を破ったのは、フローラだった。


「……ねえー、起きてる?」


「……ああ」


 フローラは話しかけてきたものの、黙ってしまった。

 俺が待っていると、


「……ごめんなさい」


「なんで謝る?」


「私がアンタを、村から追い出したからよ。そこまで追い詰めるつもりはなかったわ……言い過ぎたわね……本当にごめん」


 そうか……俺が出て行くと言ったから、フローラは気に病んでいたんだ。

 だから、「生活は無理」と言って、思い止まらせようとしたのか。


 ようやく、今までの行動理由が分かった。


 少しでも罪悪感があるのであれば、根っからひどい女ではないな、フローラは。


「そんなに気にする必要はない。確かにフローラといざこざはあったが、決めたのは俺の意志だ。それと一人になって、じっくり考えたかったこともある」


「そう……」


「取りあえず、クルーザーで生活できるのは分かったろ? フローラは明日、村に帰ってくれ。俺は神怪魚と戦う方法を考える」


「嫌よ」


「おいおい、まだ何か文句があるのか? もういい加減、勘弁してくれ」


 これ以上、口喧嘩はしたくない。うんざりだ。

 俺が寝返りをうつと、フローラは上半身を起こして俺を見ていた。

 その眼差しは、真剣そのもの。


「あんたに助けられた恩を、私は返していない。だから神怪魚ダゴンを倒すのを、手伝わせて!」

「…………」


 謝られる前であったら、フローラの申し出を断っただろう。


 せっかく「協力しよう」と言ってきたのに、無碍むげに断るわけにはいかない。

 それにサポート要員はやはり必要で、俺の方からお願いすることもあった。

 

「分かった。フローラに助けてもらおう」


「ほっ、何でも言って!」


「じゃー早速だが、船がいる。実はこのクルーザーは動かせない」


「えっ!?」


「エンジンは無事なんだが、スクリューが大破して使えない。それと燃料も少ないし、あの『ダンクレウス』とやらには対抗できない。船にへこんでる部分があるだろ? あれは奴に体当たりされた跡だ。何度もぶつかってこられたら、船体がもたん」


「……なるほどね。私のボートも、粉々にされたから分かる」


「だから周到な準備がいる。それで知り合いに、舟大工はいるのか?」


「うちの父さん。大きな船も作れるはずよ、ただ……」


「そうだな、造船所が必要になってくる。ロビンさんには、湖の近くで作ってもらうしかない。これは大がかりな事業になりそうだ」


 俺とフローラは、夜更けまで語り合う。


 共通の目的があり、話題はつきなかった。ようやく俺達は和解できたかもしれない。

 話疲れて眠くなる前に、一つ決めたことがある。神怪魚の呼称だ。


「ダンクレウス」ではなく、『赤兜』と呼ぶことにした。

 六文字はなげーよ。そのまま使って書くと、読みづらい悪文にしかならない。


 ダンクレウスが一匹、ダンクレウスが二匹、ダンクレウスが三匹……


 まあ羊のかわりに数えてみた。



 翌朝、何事もなく目ざめ……られるわけはなかった。


「ぐほっ!」


 俺は体の痛みを感じて起きる。

 ねぼけまなこを開ければ、視界が反転していた


 頭から床に落ちて、真っ逆さまの状態だ。


 俺はフローラに、ベットから蹴り落とされていた。


 この野郎! どうしてくれようか!?

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