第27話 泡風呂は気持ちいい

「料理ができたから、椅子に座ってくれ」


 フローラは黙って従ってくれた。

 俺は温まった御飯とステーキをトレイに並べる。


 あとはナイフ・フォーク・スプーンを一緒に乗せて、フローラの前に置く。


「さあどうぞ。おっと! 水もいるな」


 ウォーターサーバーから、コップに水をいれた。

 フローラは、驚きっぱなしである。もう言葉もないようだ。


 俺にとっては日常の生活でも、フローラにとっては、異世界に来たような感覚だろう。

 生活環境が変わる辛さが、少しでも分かってもらえるといいが。


「よし食べるとするか。ソース……いや横にある調味料は、適当に肉にかけてくれ。俺もマナーなんぞは知らんから、好きに食ってくれ。でわ頂きます」


 手を合わせ、食事に感謝してから食べ始める。

 箸で飯を食ってみるとかなりいける。


「うーむ、ご飯だけでも味が違う。やはり海神わだつみ家だな、食い物も別格だ。どれ牛肉はと……う、うまい! ぞおぉぉぉ!! 柔らかいし舌にとろける。もしかすると、これが噂に聞いた、A5和牛という奴かー!」


 俺は感涙にむせぶ。

 ところが、フローラは食べようとしない。警戒してるのか? 


「毒じゃないから、食ってみな」


「ええ、いただくわ……本当においしい……」


「だよな? 生きてて良かったー! 人生そう悪いことばかりじゃない……ああそうか、俺は贅沢は敵で悪だと思っていたから、金持ちを憎んでたんだな。それは貧乏人のひがみ根性で、俺の間違いだ。穂織の執事さんには悪いことをした。日本に帰ったら謝ろう」


「そう……」


 フローラは食べ終えると、トレイを持って立ち上がった。


「これは、どこに片付ければいいの?」

「俺が後で洗うから、そのままでいい」


「わかったわ……」


 フローラの顔は暗い。どう見ても意気消沈している。

 肉が不味かったのか? 口に合わなかったのか?


 もてなしたつもりだが、俺がいじめてるようで気分が悪かった。


 ……まてよ? 具合でも悪いのか? 病気だとしたらまずい!


 急激な環境の変化で、体調不良になることはあり得る。

 水泳での体温変化による頭痛は、俺に経験がある。


「フローラ、大丈夫か!? どこか痛いとこでもあるのか!?」


「へー……心配してくれるんだ? 体は大丈夫よ」


 それきりフローラは黙ってしまう。視線だけを俺に向けてる。

 気になったので、さらに聞いてみると、


「なにかして欲しいのか?」


「一人で帰るのは不安だから、今晩はここに泊めて」


「それは構わないが……じゃー、俺はソファーで寝ることにする」


「あんたも一緒に寝なさいよ。寝床ベットは広いんでしょ?」


「おいおい俺は男だぞ。お前、襲われたらどうする気だ? まあ手をだすつもりはないが……」


「知ってる。ダークエルフの村に泊まった時、アンタは何もしてこなかったからね。どうして? 私に魅力がなかった?」


「歩いて疲れてたし、酒も飲んでて眠かった。あとはフローラの魔法が恐かったのと、どうしても穂織と重なって見えて、食指が動かん」


「誰それ? あんたの恋人?」


「違う、ただの腐れ縁だ。あの女とは離れたいと望んでいたが、異世界にきて叶うとは思わなかった。ちなみに、目と耳と髪以外はフローラそっくりなんだ」


「へー、会ってみたいわね。もしかすると、別世界の私かも」


「そんなことがあるのか?」


「世界は数多あまたあって、そこには別な人生を歩んでいる、自分がいるかもしれない。父さんの受け売りよ。あと、異界人エトランゼは、知り合いにそっくりな者と出会う、と聞いたことがあるわ」


「……不思議なこともあるもんだな」


 ひとまず話を終えて、寝床と風呂の準備を始める。

 と言っても実際に、やることは少ない。


 フローラに詳しく説明するのが、面倒くさかった。


「ぼでいそーぷ? りんすいんしやんぷ? 石けんじゃないの?」


「液体石鹸だと思えばいい。体につけて洗うのには変わりはない」

「やってみるわ」


 俺はフローラを泡風呂ジャグジーに、入れてやることにした。


「のぞかないでよ!」


「しねーよ! カーテンで仕切りはしたし、俺は船の下におりてる。入り終わったら、バスタオルで体を拭いて、バスローブを着ろ」


「この服ね?」


「ああ」


 脱衣かごに、風呂用具一式をいれておいた。

 俺は船のロワーデッキへの階段を降りていく。


 下についた途端、嬌声きょうせいが聞こえてくる。


「うわあぁぁぁぁぁ! 気持ぢいぃぃぃぃぃぃ!」


「でかい声を立てるな! ……それもしゃーないか。ふっ」


 フローラは入ってみて快感につつまれたのだろう。泡の刺激はくせになる。

 声を上げずには、いられなかったようだ。


 なにせフローラにとって、初めての風呂なのだ。はしゃぐ気持ちも分かる。

 

 普段は川か湖で体を洗い、湯を使うにしても樽に入れて、かけ湯をするだけと聞いた。


 それで俺が、「疲れがとれそうもないな」と言うと、

 「それが当たり前なんだけど……」とフローラに返された。


 風呂がないのは、日本人としては我慢ならない! 絶対にゆずれない!


 船でお湯に浸かれるのはなによりだ。あと温泉にも入りてー!

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