第24話 女と天罰は恐い

 翌朝、鳥のさえずりで目を覚ます。窓から日は差し込んでおり、いい天気だ。

 天候を気にする余裕が、俺には生まれていた。ここの生活に慣れてきたのだろう。


「ぐおおおー! むにゃ、むにゃ」 

「…………」


 さわやかな朝が台無しだ。


 俺からベットを奪ったフローラは、イビキをかいてまだ寝ている。

 寝相も見られたもんじゃない。百年の恋も一瞬で冷めるとは、この事だ。


 まあ、俺がフローラを好きになることはあるまい。


 しばらくすると、朝食に呼びにきたハイドラが、フローラを起こして一悶着があった。


 いざ帰る段になっても、ハイドラはしがみつく。


「いいから離せー! ハイドラ!」


「えー、もう少し一緒にいましょうよー。もう一晩だけ」


 フローラの顔つきが変わった。

 いい加減頭にきたのか、手を振りあげてハイドラの頭にゲンコツを落とす。


 猫にかまいすぎて、爪で引っ掻かれたようなものだ。フローラの気持ちも分かる。


「いったーい! でも、これが愛の鞭なのねん。マゾもいいわー!」


「やめんか、気色悪い! ほら、いくわよ海彦」


「またね海彦。今度は二人きりで会いましょう」


「ああ」


 ハイドラはウインクして見せた。次に誘われでもしたら、俺は我慢できそうもない。


 ただねー、どうも女の怖さが感じられるので、直前で逃げ出すんじゃないかなー。


 ヘタレですみません。m(_ _)m


 童貞は、結婚するまで守りたいの!


 それよりも、今は神怪魚だ。俺は手を上げて、別れの挨拶をした。


 フローラは笑顔に変わり、鼻歌まじりに前を歩いていく。

 うざいハイドラから離れられたのと、今日で俺の案内が終わるからだろう。

 機嫌はよさそうなので、俺は色々と質問してみる。

 

「かなりの距離を歩いて移動したが、エルフの村に乗り物はないのか? 歩きづめで俺は疲れた。マジしんどい」


「なによ、だらしないわね。乗れる馬は村々に二頭いるけど、緊急用よ。滅多に使わないわ。馬を世話するのは大変だから、たくさんは飼えないし」


「そうか……」


 バイクや自動車はなさそうだ。あったとしても、燃料の確保が難しいだろう。

 しかし、これからも村々を往復することになれば、徒歩では大変だしキツい。


 現代日本人は、そんなに歩かないのだ。ちなみに俺は中古の、原付バイクを使っていた。

 ここでは慣れるしかないか。

 

「あっ、そうだ。寄り道していいか? フローラ」


「どこに行きたいのよ?」


 却下されるかと思ったが、噛みついてはこなかった。

 俺は要求を伝える。


「女神の湖を見ておきたいんだ。あと神怪魚ダゴンの様子もな」


「ふーん……やる気はあるようね。いいわ、行きましょう。あっちよ」


 少し感心したような表情で、フローラはある場所を指差す。

 目をこらして遠くをながめると、砂浜が見えた。


 街道から外れて、俺達は進むことになる。

 道はなく、草をかきわけていくと砂浜についた。


「ちなみに、アンタが倒れたのがここら辺よ」


「ああ……」

 

 ていうか、お前が俺をしばき倒したんじゃねえーか!


 まあ、放置されなかっただけマシかもしれない。


 俺は座って、砂をすくい上げてみる。きめ細かく海の砂と変わりなかった。

 だが、潮の香りはしない。塩湖だと、臭いと叔父から聞いてます。


 神怪魚を探して見ると……いた。


「派手に魚を食ってるな」

「そうね」


 遠くにいてもあの巨体は目立つ、ジャンプして捕食を繰り返していた。


 残った片目がこっちを見たような気がした。ギロリとガンをつけられる。


 どうやら俺を覚えてるらしいな、やはり知能が高い。


 確かに湖の汚れは広がっていた。どす黒いものが水を染めている。

 範囲は狭いが、いずれ拡大するのだろう。やるしかないな。


「もういいわね? 村に帰るわよ」


「あいつを一発で倒せりゃ、楽でいいのになー。女神様とやらは、勇者に力を授けてはくれないのか? チート能力が欲しい!」


「チート? 何よそれ? 力が欲しいなら、あの<狂える神>にでも祈ってみたら? もっとも代償の生贄いけにえはアンタ自身よ」


「それじゃー、意味ねえーじゃん!」


「だから倒すしかないのよ。あの『ダンクレウス』を……」


「ダンクレウス? 神怪魚ダゴンに名前なんてあったんだ。文献にでも書いてあるのか?」


「いえ、女神ヘカテーの啓示よ。巫女には神託が下るわ。でも、手を貸してはくださらない」


「どうせなら、神様同士でやり合ってくれ」


「不敬なことばかり言ってると、天罰が下るわよ!」

「うっ!」


 これには俺もビビる。

 異世界に来ただけでも最悪なのに、これ以上の不幸は真っ平ごめんだ。


 この世界に女神の力は確かにある。天罰は恐いので、俺は大人しくすることにした。

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