第19話 オークは豚じゃない

「お婆ちゃん!」


「うおっ! どっから湧いて出た!?」


 俺は穂織の老執事を思い出す。突然目の前に人が現れるのは、心臓に悪い。


 座っていたテーブルの横に、背の低い老婆が立っており、腰を曲げて杖をついていた。


 出で立ちはロリエと変わりないが、白髪で黒ローブ姿だ。


 これが本物の魔女だろう。


 しかし、顔はさほど老けてるようには見えなかった。


 つうか、ロリエもそうだが実年齢は幾つなんだ? 見た目からは分からない。


 女に歳を聞くのは、リスクが大きすぎる。危険が危ない。


 フローラの態度がガラリと変わり、礼儀正しく挨拶をする。


「おばば様、異界人を連れてきました」


「そうかい、そうかい。名前は?」


「幸坂海彦です」


 俺も座ったままでは失礼だと思い、立ち上がる。


 どうやらこの婆さんが、ホビットの顔役なのだろう。

 神妙にしておく必要がある。


「チョイとしゃがんでおくれ」


「はい」


 俺がしゃがむと、婆さんが俺の顔に手を当ててくる。


「なにをひゅる! やめれぇ――――!」


「ひょひょ! おもろい顔じゃ」


 ばばあがいきなり、俺の顔を引っ張り回して遊びやがった。

 手で振り払おうとする前に、目の前からこつ然と消える。


 ちっ! 魔法というやつか。


「まあ、問題ないじゃろ。薬と魔法のことならロリエに聞くが良い。孫はまかせたぞ、海彦とやら。ひょひょひょひょひょひょ!」


 気味の悪い笑い声だけ残して、ババアはいなくなった。

 文句も言えず、やり場のない怒りがこみ上げる。


 今度あったら、覚えていやがれ!


「ごめんね、お兄ちゃん。お婆ちゃん、意地悪だから……」


「……ああ」


「何か困ったことがあったら、ロリエに相談してね」


「うん、そんときは頼むよ」


「ほら、次の村にいくわよ」


 用は済んだとばかりに、フローラは外に出てしまう。

 俺はロリエちゃんとの、名残を惜しむ暇は与えられなかった。


 また会う機会もあるだろう。手を振って、俺は別れを告げた。


 街道に戻り、俺達は歩く。

 フローラの歩みは速くなり、気を抜くと置いていかれそうになる。


 別に嫌がらせをしているわけでは、ないようだ。

 太陽の位置を時々見ており、帰る時間を計っているのだろう。


 夜になれば、危険なのは察した。

 猛獣がでるのかもしれないし、山の夜道では迷う危険性もある。


 ただ動けば腹が減る。フローラは平気なようだが、俺は空腹で喉も渇いていた。


 あー、肉食いてー。


 と思っていたら、次の立て札が見えた。


 村に近づいていくと水の音が聞こえてきた。

 やがて水が流れてる水路が見えてくる。川から引いているのだろう。


 今度は煉瓦造りの家が建ち並んでいた。一部は日干し煉瓦も使われている。


 金属を叩く音が耳に響いてくるので、鍛冶屋だろう。


 工房兼住居といったところか。


「ここはオークの村よ」


「オーク? 材木じゃないよな?」


「私達エルフと同じ、亜人よ」


 シャレで言ったわけではない。少し不安になったのだ。


 俺は幻想世界ファンタジーを少ししか知らないが、オークって豚顔で牙が生えてて、怪物じゃなかったか?


 外にオークとやらは見当たらず、中で仕事をしてるのだろう。


 正直あまり会いたくない。化け物に取って食われたらどうしよう……。


 俺はへっぴり腰になりながら、オドオドと歩く。

 フローラはある家に入っていった。


 扉のない表口から中に入ると、広い土間があり熱気が伝わってくる。


 石で組まれた火床ひどこが、メラメラと赤い焔を上げている。


 それにしては変だ。近くに石炭などの燃料が見当たらない。

 鍛冶屋を見学したからこそ分かる。やはり日本の物とは違う。


 よく見ると、赤い生き物が火床で踊っていた。


「これも魔法か?」


「火の精霊サラマンダーよ、召還して使ってるのよ」

 

 俺に対するフローラの態度は、いくらかマシになった。

 ロリエがとりなしてくれたお陰だろう。感謝。


 俺は魔法に興味をもつ、機械とはまた違って便利そうである。


「へー」


 感心していると、中から誰かがやって来る。


「おやめずらしい、フローラじゃないか」


「ひさしぶりね、リンダ」


 その女性は大柄ではあったが、豚顔はしてなかった。


 あー、良かった。顔を見て俺はほっとする。

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