第17話 俺は不審者じゃない

「…………」


「何よ、黙ってないで何とか言ったらどう!」


「悪い悪い。ただ俺はおぼれたアンタを、助けたかっただけなんだ。それだけは言っとく」


「ふん、開き直る気ね? 恩着せがましい! 父さんの命令だから付き合ってるけど、私には近寄らないで、汚らわしい! 声もかけるな!」


「へいへい……」


 女のヒステリーにはかなわない。手が付けられんとはこのことだ。


 だが、この怒りは尋常じゃない。


 もしかすると、キスという行為が思っている以上に、重大なのかも。


 フローラは歩きながら、喚きっぱなしだった。もはや何を言ってるか意味不明。

 俺は途中から耳を塞いでおり、道すがらに景色を見ていた。

 

 地面を見ると、何と舗装がされている。


 アスファルトではないが、大小の石と煉瓦れんがが埋め込まれ、ちゃんとした道路となっていた。


 水が溜まらないように側溝そっこうもあり、モルタルが接着剤として使われている。

 思ったより文明は高い。いや、異界人が教えた可能性が大だな。


 道路は湖に沿って、どこまでも続いている。

 街道がしっかり整備されてるとこを見ると、誰かが管理してるのだろう。


 しばらく歩くと、立て板が見えてくる。やはり文字は読めないが、恐らく案内板だ。


 →の形をした矢印があれば、誰にでもわかる。


 立て板の近くには、森へと続くわき道があった。

 フローラは角を右に曲がり、奥へと進んでいく。


 こっちは土道であり、踏み固められてるだけだ。

 なだらかな山の傾斜を登っていくと、集落が見えてくる。


 茅葺き屋根の小さい家が、並んでいた。俺は入れそうにもない。

 

「ここは、ホビットの村よ」


 振り返りもせずに、フローラは言った。俺の顔は見たくもないのだろう。


「そうか」


 取りあえず、相づちをうっておく。説明を求めた所で、恐らくフローラは答えまい。


 当てにはしていないが、さて誰と話せばよいのやら?


 ここにも族長なり、村長がいるだろうから、まずは居場所を聞いてみよう。

 言葉が通じるのはありがたい。話しかければいいのだから。


 早速、おれは村人に近寄ろうとしたところで、思い止まる。


 ……ちっこい、小ちゃい、背が低すぎ。


 百三十センチくらいの、小人しか見当たらなかった。エルフとは逆だ。

 これで大男が不用意に近寄ったら、変質者として通報されそうだ。


 ここにポリスメンはいないと思うが、正義の騎士はいるかもしれない。


 俺がためらっていると、ワサワサとむこうから寄ってくる。


 どうみても小学生だ。耳は尖っておらず、見た目は外国の少女と変わりない。


 ニコニコと笑いながら、珍しげに俺を見上げていた。


「……勇者ね」

「何年ぶりかしら」

「今度はいつまで持つかしら?」


 下にいるホビットの声は小さく、ボソボソ喋っていて、よく聞こえない。


「あのう……」


「何してるの!? こっちに来なさい!」


 小人に囲まれていると、きつい口調でフローラが俺を呼びつける。

 俺が動き出すと、ホビット達は通り道を作ってくれた。


 苛立つフローラに言われて、俺は足早に近寄った。


「ここよ」 


 俺の目の前にある家は、木組みの家だった。丸太ではなく木板を使っている。

 日本家屋と比べても遜色はない。


 他の家と比べると大きく、高さは屋根まで四メートルはある。


 背の高いエルフも余裕で入れるが、中途半端な大きさに俺は感じた。

 扉を開けてフローラは中に入っていくので、俺も後に続いた。


 家の中に入ってみて、半端な大きさの理由が分かった。

 ここは二階建ての家で、ホビットの身長だと丁度いいのだ。


 玄関の扉は来客用で、エルフの高身長に合わせてある。

 椅子とテーブルも大きく作ってあった。


 階段つきの椅子があり、ホビットが座るのだろう。


 その他にあるのは、大部屋を埋め尽くしている戸棚である。

 棚にはガラス瓶が並べ置かれ、中には草や豆のような物が入っている


 奥のカウンターには乳鉢に乳棒、薬研やげん石臼いしうすがある。


 どうやら薬屋のようだ。フローラは誰かを呼ぶ。


「ロリエ、いるー?」


「うん――きゃ!」


 戸棚の陰から、ホビットが飛び出してくるが、俺を見るなり隠れてしまう。


 カウンターからのぞきこむように、おどおどしながら、こっちの様子をうかがっている。


 少女のようだが、姿はよく見えない。外の連中と違って、シャイなのだろう。

 男が来てビックリしたのかもしれない。


 はあ、はあ、はあ、お嬢ちゃん。何もしないからコッチにおいでー。


 俺は不審者じゃないからね。いひっひひひひひひひひ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る