第16話 フローラの誤解はとけない
「はあー、やるしかないのか……」
「おお、やってくれるか、勇者殿!」
エルフ族長はわざとらしい、喜び方をした。
厄介事を俺におしつけて、気が楽になったのだろう。
だがな、俺が失敗したらどうする気だ?
「
「そない悲観せんでも、わいらも協力する。実際のとこ神怪魚を何とかせんと、マジで皆死んでまう。必要なもんがあったら、何でもゆうとくれ」
「は?」
変な方言が聞こえてきた。本音で語ると、翻訳が変わるのかもしれない。
困っているのは確かなようだ。族長は咳払いをする。
「ゴホン。いきなり戦えと言われても、無理じゃろ? そこで……」
「支度金で装備をそろえろと?」
「いや金はないので他の村々を巡って、協力してもらえるように、頼んで欲しいんじゃ」
「……もしかして、今から行けと?」
「そうじゃ他種族が住んどるから、顔を覚えてもらうとよい。フローラ、案内してやれ」
「はあ? なんで私が!?」
「一緒に戦うんじゃから、当然じゃろ。いくら巫女でも勇者殿の力がなければ、神怪魚には勝てん。現に失敗したじゃろ? 命も助けられたんじゃから、世話をしてやれ」
「こんな男と一緒に戦うなんて嫌よ!」
「俺だって嫌だよ!」
あからさまに俺を嫌っている女と、組んだところで上手くいくわけがない。
いい加減、この女の態度にも腹が立ってきたので、俺は断ろうとした。
「まってくれ!」
族長は両手を前に出して、俺に待つように言った。
そのまま親子喧嘩を始めてしまい、俺が口を挟める状況ではなくなった。
もはやどうでもいい。俺は一人で戦うしかないと思っていた。
にしても、何でフローラは俺を憎んでいるのだろう?
心当たりが全くない。
「エイルに言ってもらうぞ!」
「あーもう、分かったわよ!」
とうとう娘が根負けした。母親の名を出されて降参したらしい。
「案内するだけだからね! あんた、ついてきなさい」
フローラは立ち上がり、扉に向かった。
「ちょっと待ってくれ! この格好じゃ行けん」
「そうじゃった。勇者殿の服と所持品をお返しせねば。隣の部屋に置いてあるので、着替えられるとよい。洗って乾かしておいた」
「ありがとうございます」
「さっさと着替えなさい」
フローラはイライラしながら、先に出ていってしまう。
俺は部屋に入って着替える。
あるのは半袖シャツとズボンと下着、それと靴。大して時間はかからなかった。
出がけに族長から、一言だけ言われる。
「勇者殿、フローラをよろしく」
「あ、はい……」
族長は深々と頭を下げていた。娘を案じたものと思い、俺は気にしなかった。
その言葉の真意は、かなり後で分かる。
俺は外に出ると、フローラに急かされる。
「ほら、さっさと行くわよ!」
待っていたフローラは緑のチュニックを着ており、腰に
スカートスタイルだ。
腕は半袖、金色の唐草模様がありオシャレである。
異世界にもファッションはあるのだろう。顔だけ見れば、美人である。
二人きりになったので、俺は聞いてみることにした。
こうギスギスした雰囲気は、精神上よろしくない。
「ちょっと聞きたいんだが――俺、あんたに何かしたか?」
フローラの足が止まる。
「……したくせに」
「えっ!?」
「私の
フローラは振り返って、俺をにらみつける。
「しかも、私が気を失ってる隙に、純血を奪う気だったでしょ! 最低最悪な男ね!」
「まてまて、落ち着け! 俺はアンタを助けようとしただけだ。やましいことは何もしてない!」
「嘘よ! 口を押しつけてたじゃない! 私が覚えてないとでも思って!」
「あれは人工呼吸だ。救命行為だ。それと、俺はキスはしとらんぞ!」
「まだ、嘘をつく気!」
「えーと、どこだったかな……あった、あった。これだ!」
俺は慌ててポケットをまさぐり、目当ての物を見つけてフローラに見せた。
半透明シートの真ん中に、マウスピースがある。
「なによそれ?」
「これは、人工呼吸用のキューマスクといって、呼気の逆流を防ぐことができる。あん時はこれを使ったから、直接口はつけていない。マウスピースを通して人工呼吸をしたんだ。ライフセイバーの必須アイテムだ」
説明はしたが、フローラの表情は強ばったまま。
どうやら、信じてはいないようだ。
「人工呼吸? 何それ? そんな布きれなんか知らない。あくまでも白を切る気ね、見苦しいわ!」
……ああ知らないんだ、人工呼吸。
恐らく見たことも、聞いたこともないのだろう。
日本じゃ保健体育で習うが、この異世界には伝わってないかもしれない。
医療の仕方も違うのだろう。魔法とやらで治すのかな?
知識のない者に、いくら言っても無駄である。喧嘩になるだけだ。
ここで揉めても時間の無駄だ。あとで誤解を解くしかない。
俺はひくことにした。
あー、面倒くせー!
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