第15話 腹が立っても選択するしかない

「それで地球を知っている理由わけは、三十年から五十年おきに、地球ないし別の世界から人がココにやって来るからじゃ。儂らはお主らを異界人エトランゼと呼んでおる」


「じゃー、他にも地球人がいるんですね? 日本人はいませんか?」


「儂が知ってるかぎりではおらんのう。現在、異界人は少ししか残っておらん」


「そうですか……ところで、何でみんな日本語を使えるんですか? 習ったにしては子供も話していたし、わざわざ覚える必要はないはず……」


「言葉が通じておるのは、女神様のおかげじゃ。多種族と意思疎通ができるように、恩恵ギフトが世界に働いておる。儂はエルフ語を喋っておるが、お主にエルフ文字は読めんはずじゃ」


 言葉は不思議だったが、神様を出されては納得するしかない。


 族長は紙を取り出し、羽ペンで文字を書いてくれた。


 書かれた文字を見てみたが、族長の言うとおり分からなかった。


「外国語は勉強しましたが、見たこともない文字で、全く読めません」


「儂らも漢字とやらは読めん。恩恵は翻訳機のようなものじゃ」


「なるほど……」


「ヘスペリスに来た異界人は、命を落とした者、ここに残った者と……そして元の世界へ帰った者がおる」


「帰れるんですか!?」


 俺は顔を上げて立ち上がり、思わず身を乗り出す。

 日本に帰還できると聞いては、期待せざるを得ない。気持ちも明るくなる。


「じゃが、お主の場合……すまんのう、巻き込んでしまって。うーむ、どうなるか儂にも分からん……」


「えっ?」


 族長は黙ってしまい、言いづらそうにしている。



 しばらく沈黙が続き、俺は不安になる。何か問題があるのか?

 俺が聞こうとすると、フローラとかいう女が代わりに答える。

 

「あのう……」


「アンタ、見たわよね? 『神怪魚ダゴン』を」


「ああ、あの化け魚のことか? 襲われた時には死ぬかと思った」


「神怪魚は<狂える神>、数十年おきに湖に現れては、皆に危害を加えてくる。ここに住まう者達すべての敵よ。だから私が異界に追放しようとしたんだけど……失敗したわ」


「ちょっと待て! あの時、海が光っていたのは、もしかして!?」


「私が女神の力を借りて、『霊道アウラ』を開いたからよ。どうやら、あんたの世界につながったらしいわね。神怪魚がいなくなったから、霊道を閉じようとしたけど、上手くできなくて戻ってきてしまった……残念」


「するとなにか!? 神怪魚とやらに巻き込まれたせいで、俺はここに来てしまったのか!?」


「そうね、運が悪かったわね」


 よく聞けばひどい話だ。

 猛獣が近くに現れたから、それを他所よそに追い払おうとしたのである。

 

 人の迷惑かえりみず、やって来ました神怪魚。


 ふざけんなー! このやろうー!


 俺を巻き込んだ、張本人であるフローラは謝りもしない。


 罪悪感の欠片もないようだ。

 暴力女を責めてもどうにもならないが、俺はかなりむかついた。


「本当にすまんのー、というわけでお主は、普通にここに来た異界人とは違うんじゃ……」


「でも、霊道とやらをもう一度開けば……」


「今はもう無理よ」


「何で?」


「霊道を開くには、湖にある<オドの力>がいる。神怪魚ダゴンが現れると、<オドの力>が弱まって湖はにごっていくわ。私の力だけでは開けない」


「ちなみに、娘のフローラは巫女シャーマンじゃ、強い精霊魔法が使える」


「まずは、神怪魚を何とかするしかないと?」


「そうじゃ」


 話は十分理解した。


 俺が日本に帰るには霊道を開く必要があり、そのためには神怪魚ダゴンを倒す他はない。


 だ・け・ど……あんなの倒せるかー! 死にかけたんだぞー!


「お主も見た通り、神怪魚ダゴンは恐ろしく強い。戦いを無理強いはせんよ。このままここで暮らす道もある。じゃがのう……」


「何か?」


「このままだと湖が汚れてしまい、生活が成り立たん。水なしでは人は生きてゆけん。どうにかせんと、皆死んでしまう。大変じゃ、大変じゃ、困った、困った」

 

 くさい棒読み台詞を吐き、族長はすがるような目を俺に向けてくる。


 ……このじじい、結局俺に退治させる気だな。

 

 よそ者が死んだ所で、心は痛まないだろう。


 さて俺が取れる選択肢は……


 一、神怪魚を倒す

 二、神怪魚を殺す

 三、神怪魚を仕留める


 全部、同じじゃねえーか!


 断って逃げるという道はなく、逆に殺されたら人生終了ゲームオーバー


「命懸けの無理ゲーをクリアしろ!」と言われたのと同じ。


 それでも、俺の選択肢は一つしかなかった。

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