第11話 人工呼吸するしかない

 腹が減っていようが、傷だらけだろうが、本能が俺を突き動かす。


 ライフセイバー魂だ!


 目の前に溺れてる人がいたら、助けるのが当たり前。


 俺は仕事に誇りを持っている。たとえおのれが犠牲になろうとも。

 穂織の時もそうだった。

 

 俺は飛び込んで、湖に潜っていった。

 ラッキーなことに、沈んでいく女を、すぐに見つけることが出来た。


 広い水の中から人を探すのは、かなり大変なのである。

 海だったら流されて、まず見つからない。


 なんとか女の元にたどりついたが、


「うっ!」


 化け魚とまたもや出くわす。残った赤い片目と、俺の目が合った。


 俺の体はとっくに限界を超えている。動いているのが不思議なくらいだ。

 戦えるわけがない。

 

 今度こそ終わりかと思ったが、奴は襲ってこなかった。


 泳ぎが遅くなっている。明らかに動きは鈍い。


「……ああ、そうか」


 俺や女との連戦で、流石に疲れきったのだろう。

 あるいは警戒したのかもしれない。俺達からは離れていった。


「助かったな……急ぐぞ!」

 

 俺は女を抱きかかえて、湖面へと向かう。

 そのまま砂浜までたどり着き、女を仰向けに寝かせた。


「おい! しっかりしろ!」


「…………」


 女のほほを軽く叩くが、反応がない。まずい、息をしてない。


 早急に、心臓マッサージと人工呼吸を行う必要があった……。


 いや、やり方は分かってる。分かってるんだよ! 人形で練習したから……。


 問題は初めての救急蘇生であり、上手くやれるか心配なのだ。


 それと女が相手では、やはり意識してしまう。


 そりゃー男なら誰でも緊張しますよ。これがファーストキスになると思えばね。


 マウス・トゥ・マウスですよー、キスじゃないけど、キスなんてしたことねー!


 もちろん俺は童貞だー! 文句があるかー!

 

 錯乱して迷ってる暇はなかった。人命にかかわる。


「ええい、ままよ! ――あっ! そういえばアレがあった」


 ズボンのポッケから、ある物を取り出す。

 これで俺は安心して、人工呼吸を始める。


「う、うん…………!」


 気づいた女は目を丸くする。俺の顔が目の前にあっては無理もない。

 口を通して息を送り込んでいた。女の唇の感触は確かにある。


 ただし、お互いの唇は触れてはいない。


 ある道具を使っているからだ。


 女が気づいたので俺は離れた。

 すると、直ぐに起き上がって立ちあがり、俺を見る。


 女は体をワナワナと震わせていた。体温が下がって寒いのかもしれん。


 ……それは俺の勘違いだった。


「おっ! 気づいた。良かったな……あれ? その顔」


「……お、お前……わ、私に何を……」


 手を口にあて、女は怒りに震えていたのだ。


 そうとは知らず、俺は女の顔の方に気を取られる。


 救助するのに夢中で気づかなかったが、よく見たら穂織そっくりなのだ。


 しかし、金髪碧眼で別人だ。髪型も違う。それと、耳が長いことに驚く。


「コスプレか? お嬢様じゃないよな?」


「バカ――――! シネ――――!」


「ふごおぉ――――――――!」


 穂織似の女に良いパンチをもらい、俺は気を失う。


 目の前に走馬灯そうまとうがよぎり、あの世が一瞬見えたような気がした……。

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