第6話 化け物なんか見たくない

「ふー、ようやく直った」


 ド、ド、ド、ド、ド、ド、とエンジンが音を立て始める。 


 ボロ船の修理が終わり、穂織がいる場所へと向かう。

 その海域に近づくにつれ、俺達は目を丸くする。


「なんじゃ、こりゃー!」


「こんなの、初めて見ただ!」


「信じられない!」


 海が光り輝いていたのだ。日光による反射ではなく、眩しいくらいだ。


 大きな円をえがいて輝いており、深い海底までハッキリと見える。


 浅瀬ならともかく、沖で底が見えるはずがない。そこまで光が届かないからだ。

 だが、目の前の光景は疑いようがなかった。


「これは一体……」


「兄ちゃん、アレ!」


 弟が指さした先をみれば、何かが跳ねた。大ジャンプだ!


「うおっ! 何だアレは?」


「でかい! カジキではねえーだ!」


 海ではベテランの叔父ですら、驚いている。


 俺も現実離れした状況に、わけが分からず何度も首を回していた。

 この場にいるのは、叔父の船とお嬢様のクルーザーだけ。


 穂織はそいつとファイト中、道糸がギンギンに張り詰め、竿が折れそうなくらいしなっている。


 チームメンバー全員が、必死で竿を支えていた。


「アレと戦ってるのか!?」


「くっ!」


 穂織はかなり苦しそうな表情をしていた。

 釣り帽子は吹っ飛び、長い髪が乱れてボサボサになっている。


 それでも、闘志は衰えていない。お嬢様の目には輝きがあった。

 道糸はもの凄い速さで、グルグルと動き回っていた。


 驚くことにクルーザーが、何だか分からないものに、ぐいぐいと引っ張られている。

 シャチや鯨なら分かるが、他の魚ではありえない。

 そいつがまたジャンプして姿を現し、俺はハッキリと見た。


 体長はおよそ七メートル、頭の部分は赤く変な色だ。

 特徴的だったのは目だ。黒目の部分がなく、赤く光っていたのだ。


 完全に化け物だ!


「あんなの相手してたらヤバイ! たもつ叔父さん! クルーザーに寄せてくれ!」


「分がった――!」


 漁船がクルーザーを追いかけて近寄ると、俺は大声で叫んだ。


「糸を切れ! 死ぬぞ! アレは化けもんだー!」


「嫌よ! そんな物、いるわけないじゃない! あんたには負けたくないわ!」


「そんなことを言ってる場合かー! とにかく逃げろ!」


 俺は説得しようとしたが、穂織は信じようとはせず耳をかさない。

 近くで奴を見てないから、疑っているのだろう。


 俺を冷ややかな目で見て、「嘘つき!」と言わんばかりだった。


 今は命より勝負の方が重く、大物がかかったとしか思っていない。


 言い合いの最中、化け魚は向きを変えて、こっちに向かってくる。


 クルーザーに真っ直ぐ突っ込んできた。


「やばい!」


 ドガンと音を立て、クルーザーは大きく揺れる。


 強烈な体当たりをくらい、穴が空いてもおかしくはなかったが、へこんだだけで済んでいた。


 高級クルーザーはやはり頑丈だ。


 だが穂織はバランスを崩して、船から落ちてしまう。


 一番手前で釣っていたのが災いし、しがみつける物が何もなかった。


「キャ――――!」


「お嬢様――――!」


 船に残されたチームメンバーは絶叫する。


 今度は海に投げ出された穂織めがけて、化け魚が襲ってくる!


 奴が口を開けると、ギザギザの白い歯が見えた。


 まるで獰猛どうもうなサメのようだ……恐ろしい、マジ恐い。


 自分を釣ろうとした者を、分かっているようで、どうやら知能がある。

 穂織を許す気はなく、化け魚の殺気が伝わってくる。


 俺は一瞬だけ目を閉じて集中し、すぐに動いた。

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