第3話 去年は思いだしたくない

 大会終了間際、ついにアタリがくる。俺は大喜びした。


「きた――――!」


「やったね、あんちゃん!」


「バラすなよ、海彦!」


「おう! やったるぜ!」


 興奮し悪戦苦闘の末に、ついにカジキを釣り上げた。

 しかも、なかなか釣れないシロカジキだ。重量は百五十一キロ。


 重さでも魚種でも穂織の得点を上回り、俺が逆転優勝……のはずだった。


 俺達が意気揚々と、マリーナに戻ってくると様子がおかしい。


 普通だったら、大物を見ようと人だかりがいるはずが、数人しかいない。


 大会関係者も見当たらなかったので、自分達でカジキを降ろすしかなかった。

 そのまま大型台車に積んで、ステージへと運んでいった。


「うーむ、何か様子が変だな」


「トラブルでもあったんじゃないか?」


「事故じゃないといいね」


 弟は他のチームを心配する。気が優しくいい奴だ。

 行く途中で大会本部のテントを、のぞいて見たが誰も居ない。

 関係者全員、逃げだした事を俺は知らなかった。


 取りあえず、カジキをクレーンで吊り上げておく。見上げると嬉しくもあり、誇らしい。

 ステージの中央には薬玉くすだまが用意されており、表彰式を俺は待つことにする。


 ……十五分後。


 スタッフが誰も来る気配がなく、集まっていた他の参加者達が騒ぎだす。

 何の説明もないので、俺も「おかしい」とは感じていた。


「いつまで、待たせるんだ!」

「とっくに時間は過ぎてるぞー!」

「責任者、出てこい!」


 不穏な空気が広がる中、遠くからこっちの様子を見ている者がいた。

 気づいた人が、大声を上げる。


「あっ! あいつ、腕章をつけてる。運営スタッフだ。ちょっとこい!」


 見つかった男は、大慌てで逃げ出す。


 俺も我慢の限界にきて、勝手にステージに上がって、大声でえた。


「俺達が優勝だ。文句がある奴はでてこい! えい!」


 頭にきたので、目の前のひもを引いて、薬玉を割ってやった。


「なんだ、あれは!?」


 紙吹雪とともに、りてきたのは垂れ幕だ。

 長い布には、「穂織お嬢様、優勝おめでとうございます!」の文言が書かれていた。


「えっ!?」


 俺は理解できなかったが、不正に気づいた参加者が大声で叫びだす!


「やらせだー!」

「八百長だ――!」

「大会委員長を探せ――――!」


 四方に全員が走り出す。大会役員および委員長はあっさりと見つかった。

 少し離れた駐車場で、責任のなすりあいをしてたらしい。


 全員が引っ立てられて、ステージ上で正座させられる。


 俺が問いただすと、観念したのか、やらせの大会であったことを白状する。


海神わだつみのお嬢様を接待して、便宜を図ってもらいたかったんです……」


 穂織の優勝が決まったと思いこみ、祝勝会の準備は完了していた。

 優勝杯にも穂織の名前が刻まれており、やり直すことはできない状態だった。


「すみません!」


「この野郎! くっ…………」


「ひいいいいい!」


 殴りかかろうかと思ったが、ひたすら土下座されて謝られたので、俺は思い止まる。

 暴れた所で、何にもならない。


 釣ったカジキをそのままにして、俺はステージから下りた。

 後のことは、知ったことではない。


「……叔父さん、帰ろう」

「兄ちゃん……」

「海彦、気を落とすな……」


 俺達は叔父の船に戻って、無言のまま家に帰った。


 ちなみに、お嬢様は――


「き――――! 悔しいー! 不愉快だわ、帰ります!」


 負けたのが分かった時点で、俺達より先に帰ったらしい。

 超高級クルーザーはマリーナから遠く離れており、この騒動は知らない。

 やらせ大会には一切関わってなかったが、後でひどい目に遭うこととなる。


 なぜなら、大会参加者が集団訴訟を起こし、組織委員会に賠償を求めたのだ。

 釣りの妨害までしたのは、やりすぎだった。


 事件がスポーツ紙に取り上げられると、矛先は穂織と海神家に向かう。


「海神のお嬢様、八百長大会で敗北!」

「海神グループ、恥をさらす!」


 あること無いこと、穂織は叩かれた。

 金持ちに対するやっかみもあったが、穂織も高慢ちきな性格で嫌われており、マスコミの格好の餌食となる。


 少しだけ哀れに思ったが、俺自身もウザい状況に巻き込まれていた。

 マスコミが家に連日押し寄せてきて、コメントを求めてくる。


「お話を聞かせて下さい!」

「帰れ! 話すことはない!」


 門前払いを繰り返していると、


「……あのー、海神の者ですが……お話ししたいことが――うわっ!」


 和解交渉に来た使いに、俺は塩をぶつけて追い払った。

 優勝という一生に一度あるかないかの、晴れ舞台を台無しにされた以上、海神を許すつもりはない。


 このやらせに、海神の上層部は知らないし関わってもいない。

 やったのは海神グループの孫請け連中だ。仕事欲しさに。


 やり返そうとまでは思わないが、二度と関わりたくはなかった。


 これが、去年の顛末てんまつである。

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