第2話 釣り勝負なんてしたくない

 腹を立てた穂織は立ち上がって、俺をにらみつける。

 殺気がこもった猛獣のような目だ。


 侮辱したつもりはなかったが、言い方がまずかったかもしれない。


 もしくは俺に拒絶されたことに対して、お嬢様はむかついたのかも。


 で・も、自分の思い通りにならない男も、いるんだなーここに。


 俺としては、早くお引き取り願いたいだけなのだが、話はこじれる一方だ。


「いや、そうじゃなくて……」


「あなた! 私と勝負しなさい!」


「はあ? 何で俺が、あんたと勝負しなくちゃいけないんだ?」


「おだまりなさい! 私を侮辱したからには、訴えてやるわ! それが嫌なら勝負して、あなたが負けたら、私の言うことを聞きなさい! 去年のリベンジよ!」


「横暴だ! 去年はたまたま運が良かっただけだ。確かにカジキは釣れたが、結果は散々だった。知ってるだろ? 被害者の俺が、仕返しされる筋合いはない!」


 ハッキリ言っておくが、

 俺、幸坂海彦こうさかうみひこと、海神穂織とは恋人でも何でもない。


 直接、顔を合わせたのも、今日が初めてだ。

 まあ御嬢様も、世間から悪役令嬢に仕立て上げられたので、ほんの少しは同情している。

 全ては、去年のカジキ釣り大会での出来事だ。


 俺は思い出す……つうか忘れられない。忘れようがない。


 場所はここ、浦島マリンベース。


 去年もたくさんのクルーザーが並び、参加者でごった返していた……。


 ◇◆◇◆


 育ての親でもある叔父に誘われ、俺と弟はカジキ釣り大会に初参加した。


 チーム名は「幸兄弟さちきょうだい」。


 とはいえ貧乏な俺達は、竿すら持っていない。


 そこで、フリーマーケットアプリ「やるくれ」を使い、釣り道具をタダ同然で手に入れた。

 リールやロッドは、七年以上経った中古品。それでも使用回数が少なく、物は良かった。


 ただし乗るのは、叔父のボロ漁船。かなり古いが、時化しけには強い……はず。

 まわりにある高級クルーザーは見ないようにした。悲しくなるので。

 

「一匹でも、釣れりゃーいいや」


「んだね、あんちゃん」


 俺と弟は、純粋に釣りを楽しみたかったのだが……


 大会の裏で、あるたくらみが進行しているのを、俺は知らなかった。

 知ったのは、釣り大会が終わった後である。


 この大会は出来レースで、穂織を接待するために開かれていたのだ。


 参加者の七割はサクラ、大会関係者はすべてグル。


 最高級のクルーザーに、最新の釣り道具、お嬢様のチームメンバーもプロ中のプロである。

 完璧な布陣の上に、一番よい釣り場所ポイントまで与えられていた。


 汚えー! ずるい!


 至れり尽くせりで、穂織の優勝は約束されていた。


 初日、チーム穂織がクロカジキ百五十キロを釣り上げて、トップに立つ。


「私にかかれば当然よ。おほほほほほほ!」


 遠くから聞こえてきた高笑いは、耳障りだった。


 よく見れば、穂織はお茶を優雅に飲んでるだけで、釣りはしていない。

 全自動AI竿が、勝手に動いている。


 御嬢様は椅子に腰掛けたまま、チームメンバーに命令してるだけだった。

 完全に威張りくさっている。

 

「あれは、釣りと言えるのか? 何しに来たんだ? アイツ」


 カジキとのファイトが、釣りの醍醐味だろ?


 遠くから様子を見ていた俺は、疑問を持つ。


 やはり金持ちは理解できない。

 人それぞれなのだろうと思い、俺は釣ることに集中する。


 この時点で、サクラのチームは釣り針を外して、釣るふりをしていた。

 あとは、他のチームの妨害。


 船の近くを横切ったり、エサをばらまいて釣れないようにしていた。


 大会本部は祝勝会の準備を始めており、それが悲劇の始まりだ。


 何しろ、優勝候補でもない俺が、接待計画をおじゃんにしたからだ。


 ブービー狙いの素人としか思われておらず、釣りを邪魔してくる奴はいなかった。

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