21勝負の方法


「人間というだけでも忌々しいというのに、まさかこんなヒョロヒョロとした男だとはな。まったく硯月殿の石は何を考えてこやつをお選びになったのか……」


 あからさまに顔をしかめてそうぼやく竹千代に、彼の背後に控えていた男たちが「まったくです」と同意している。


 俺も同意したかったが、とても声を出せる雰囲気ではなかったので黙っておく。

 火に油を注ぎたくはない。


 ここは穏便にこちらに王になる意思などない事を伝えなければ。

 しかし穏便に済ませたいと思っていたのは俺だけだったようで、竹千代に従う妖たちは口々に俺の悪口を言ってくる。


「人間などに俺達の王が務められるはずもない。どこにそんな力があるというのだ」

「ああ。せいぜい俺達の餌になるくらいだろ」


 そこでわっと笑い声が上がる。

 妖ジョークなのだろうか。


 俺は全く笑えないが、別に怒ることでもない。

「おい」と一歩前へ足を踏み出した焔の腕を掴んで「気にするな」と引き戻す。


 焔は何か言いたそうに俺の方を見ていたが、ここで無駄に争って怪我をしたくないし、誰にも傷ついてほしくない。


 しかしそんな俺達の行動が気に入らなかったのか、竹千代に付き従う男たちはさらに声を大きくしてこちらを罵り始めた。


「人間風情がどうやって狛犬を従えた?」

「いいや。もしかしたらその狛犬は気がおかしくなったのかもしれん。そうでなけば我らに剣を向けようとは思わんだろう」

「ああ、そうだな。狛犬が我らに勝てるはずもないというのに」

「おいこら」


 自分の事はなんと言われようと我慢できたが、さすがにこれは我慢できなかった。

 隣の焔が「やめておけ」と言うのも聞かず、俺は一歩大きく歩み出る。


「同じ妖をそんな風に言うな!お前らには同族を大事にしようって思いはねえのか!人間の俺をどうこう言おうとどうでもいいけど、焔の事は悪く言うな!こいつは下級の妖のために川に足つけて探し物を手伝ってやる優しくて強い妖だぞ!お前達より立派だってーの!」

「なんだと!?人間が生意気な口を――!」


 竹千代の右横に控えていた黒髪の男が剣の柄に手をかけた。

 焔もさっと自身の剣に手を伸ばしたが、しかしお互いの剣が鞘から抜かれることはなかった。


 竹千代が「やめよ」と片手を掲げたからだ。

 それを受けて、悔しそうにしながらも黒髪の男は柄から手を離し、焔もそれに従った。


「今のはこちらが悪い」

「あんたはさすがに話が通じそうだな。じゃあ手っ取り早く言うけど、俺はそもそも王になる気なんてない。だからお前が王で決定だ。おめでとう」


 俺の発言に竹千代の付き人達は困惑した表情を浮かべ、竹千代は驚きに目を見開いている。

 そして戸惑いを隠さないまま「話し合いで決まれば楽だが、それはできない」と告げた。


「なんでだよ。俺が降りれば候補はお前しかいないんだから、お前が王で決まりじゃんか」

「石の意思は絶対であり、辞退することはできん。候補同士で争い、どちらが王にふさわしいか決めなければならない」

「いや、俺とお前ってもう勝負みえてんじゃん。嫌だよ俺、お前が王になってよ」

「うむ……それならばこうしよう。某とそなた、どちらが王にふさわしいか妖たちに決めてもらうのだ。人間の選挙のように隋臣殿と公卿殿に務める者たちに投票してもらおう」

「それでは直哉は圧倒的に不利――」

「いいね、それ!それで勝負しよう!」


 正義感の強い焔は圧倒的に不利な条件にもの申したかったようだが、今回はこれでいいのだ。

 それならばどちらかが身体的に傷つくこともなく、平和的に竹千代が王に選ばれるだろう。


(さすが王候補に選ばれるだけあっていい考えを思いつくな)


 一人感心していると、突如として突風が吹き、一瞬後には硯月の横に華心が立っていた。

 相変わらずの無表情で「勝負の方法は決まったようだな」と確認する。


 それに竹千代が頷くと、華心は視線だけを動かして隣の硯月を見る。


「硯月も、異論はないな?」

「ああ。異論はない」


 俺はその答えが心底意外だった。

 硯月は俺を王にしたがっていたはずなのに、こんな不利な条件を認めるなんて。


 まさかまた何か考えているのだろうか。

 それとも俺を王にすることは諦めたのだろうか。

 

 俺がどうか後者であれと祈る間に「ではそのように伝えておこう」と言い残して華心はまた風と共に消えてしまった。


「伝えるって誰に?」

「妖王だ。勝負内容は妖王の承認がいるからな。まあ形だけの承認で却下されることはまずない。では竹千代よ。勝負は一か月後に」

「承知しました」

「うむ。では直哉、焔。帰ろうか」

「よっし、やっとか。早く帰ろう」


 嬉々として硯月の背を押す俺を笑いながら、硯月がこちらに来た時と同じように空間を切り裂き、その先に虹色の空間が姿を現す。

 その中に三人が入ると、背後で空間が閉じた。

 代わりに数メートル先に、もはや懐かしさすら覚える見慣れた河原が見えた。


「それにしても華心わざわざあれだけ言いに来たのか。幹部も暇なんだな」

「ははっ。あやつはお主が妖たちに殺されてしまわないか心配してきたのだよ。妖界の面倒ごとを解決るのがあやつの仕事ゆえな」

「ちょ、殺されるって……やっぱり俺殺されるとこだったのか!」

「当たり前だろ。妖は人間ってだけで気嫌いするやるも多いしな。まあ硯月さまがいたから手が出せなかったってことだろう」


 背後で呆れたような焔のため息が聞こえる。

 それでも焔は俺を守ろうとして動いてくれた事は忘れない。


「焔、ありがとな」

「なんだ急に」

「べっつにー」

「なんだ直哉よ。私には礼はないのか」

「お前のどこに礼を言う要素があった!」

「相変わらず冷たいのお、はっはっはっ」


 そんな硯月に呆れつつ、無事に河原に戻った俺は半泣きの藍と蒼に出迎えられ、無事を報告した。

 しかし人間界はすっかり日が暮れており、あまり話合う事も出来ずに俺は慌てて帰路につくことになってしまった。


「じゃあな!」

「うむ。気を付けて帰れよ」


 優雅に手を振る硯月と不器用ながらも手を振り見送ってくれる焔にも別れを告げて走り出す。


 その先にダークスーツを身にまとった三人組が歩いていたので、無意識に道を譲って隅に避ける。


 しかし先頭の眼鏡を付けた男の横を通り過ぎようとしたとき「もうあの神社にはいかない方がいいのでは」という言葉が聞こえ、俺に言ったのかと反射的に足を止めてしまった。


 振り返れば、眼鏡の男もこちらを見ている。

 どうやら俺に話しかけたとみて間違いないようだ。

 先ほどの言葉の意味を推測して、俺の声は険しさを帯びる。


「行かない方がいいって、なんで……」

「あまり異形のものと関わらない方がいいということです。大切なものを失うことになりかねませんよ」

「どういう、意味だ」


 まさかこの男は妖が見えるのか。


(大杉神社に妖たちが集まっていることを知っている?)


 俺は同じ力を持つ可能性がある人に出会えた喜びよりも、得体のしれない恐怖心を抱いた。

 あからさまに身体をこわばらせた俺を見て、男はふっと笑う。


「ただの忠告です。偉大な陰陽師の血を引くあなたに道を誤られてはたまりませんからね」


 そう言い残すと、眼鏡の男は何事もなかったように背後の二人を引き連れて歩き出す。


 彼らが向かった方向に大杉神社があることに俺はまた嫌な予感を覚えた。

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