20もう一人の王候補
大通りの先の大きな赤い門――見た目は完全に京都御所の承明門――を抜けると、そこは250メートルトラックを敷けるほどの開けた空間になっていた。
その空間の向こうには、広場から直接上がれる階段がついた大きな建物がある。
左右対称の大きな屋根から下に見えるのは白い壁。どうやら平屋建てらしいその建物は紫宸殿によく似ていた。
そこから左右に渡り廊下があり、また別の建物に続いている。
ここは一体なんなのだろうか。
通りを往来していたような妖の姿はなく、ちらほらと見える妖は皆、焔や硯月のように立派な服を着ていた。
特別な妖、あるいは一定以上の力のある妖しか足を踏み入れられない場所なのかもしれない。
そういえば門には立派な槍を持った熊の様な妖が5人ほど周りを警戒するようにして立っていた。
もしかしたら硯月がいなければ俺はあの槍で刺されていたのだろうか。
「直哉、大丈夫か?顔が引きつっているぞ」
「まったく大丈夫じゃない。本当に帰りたい……」
なんとなく硯月に聞かれたくなくて、小声で返答する。
そんな俺を焔は心底哀れそうに見降ろしていた。
そして慰めるように「もうしばらくの辛抱だ」と肩を二度トントンと叩く。
「どうせ逃げられないから頑張るけど……それよりここってなんなんだ?明らかに妖たちの雰囲気違うよな。なんか厳かな感じがするって言うか……」
「まあ、ここは主殿御所だからな」
「主殿御所?」
「ああ。正面に見えるのが主に妖王が儀式を執り行う紫高殿。そこから右に見えるのが隋臣殿。ここには妖王やこの御所の警備を担当している精鋭たちが勤めていて、その逆、左側に見えるのが公卿殿。こっちには国政を執り行う役人たちが勤めている。ここからは見えないがこれらの建物の奥に妖王が住まう主殿があるんだ」
「マジか……」
思い切り妖界の重要拠点じゃないか。
(こんなところで顔合わせ?)
次代の王が顔を合わせるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、事の大きさが俺に重くのしかかる。
増々顔が引きつり、強張っていくのを感じた。
(早く竹千代に辞退するって伝えて帰らせてもらおう)
その時硯月がどんな行動を取るのか怖くもあったが、それだけは譲れない。
最悪札を使ってでも……。
そっと腰もとに手を伸ばし、はっとした。
(しまった!釣りしててそのまま引っ張られてきたから札が入ったリュック、川岸に置きっぱなしだ!)
つまり今の俺は全くの無力。
戦闘レベルゼロ。
突きつけられた現実に意識が遠のきかけた。
その時、門の外とは違い、静かだった空間にざわめきが広がった。
何事かと顔を上げれば、焔が「上だ」と教えてくれる。
その言葉に導かれるように空を見上げれば、空にいくつもの人影が見えた。
その人影はだんだん大きくなり、そして俺達の数メートル先に着地した。
皆、黒い軍服のようなものを身にまとい、腰には打ち刀ほどの大きさの刀を差している。
一体なんなんだと警戒する俺の横で焔が小さく「あれが竹千代だ」と呟いた。
「え?」
軍服を着た男たちは見ただけでも6人いる。
一体どれが竹千代なのか。
俺は恐らく先頭に立つ男がそうだろうと当たりをつけた。
癖の強いクリーム色の髪は肩のあたりまで無造作に伸ばされ、鋭い銀色の瞳が俺をまっすぐに射抜く。
先頭に立つその男はひと際身体も大きく、服の上からでも立派な筋肉が着いているであろうことが予想できた。
「硯月殿、随分と久しいですな。それで、もしやその男が?」
「おお、竹千代。わざわざ出向いてもらってすまぬな。紹介しよう。こちらが私の石が選んだもう一人の王候補、高城直哉だ」
「ちょ、ちょっと……!」
必死に気配を消して焔の後ろに隠れていたのに、半ば無理やり硯月に右腕を掴まれて隣に並ばされる。
途端、竹千代が上から下まで、まるで観察するように視線を流した。
そしてまた視線が俺の顔に戻る。
硯月には微笑みかけていた竹千代の目は、最早鋭さしか残っていない。
「某は竹千代。お前と王座を争うことになるものだ」
「はい、存じております……」
視線からでも感じる嫌悪感に、俺は小さくそう返すのが精一杯だった。
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