第5章 出会いは必然に
18穏やかな時間
無事に期末テストを乗り越えた俺は夏休みへと突入していた。
相変わらず見ず知らずの妖に追いかけられることはあるが、それでもなんとか平穏無事に暮らしている。
そして今日は大杉神社の脇を流れる美上川に釣りに来ていた。
誰かと一緒なのかと言われると困る。
なぜならば一緒にいる彼らは、一般人には見えない、妖という存在だからだ。
一般の人から見れば確実に俺は一人で釣りをしているように見えるだろう。
だが実際にはそこかしこで河童たちが泳ぎ、誰が一番魚を獲れるかを競っている。
今日は彼らに誘われてここへ釣りに来たのだ。
河童である彼らは手慣れたもので、大きな魚を捕まえては俺に見せに来てくれる。
「直哉―!見ろ!オレのが一番大きいだろ!」
「何言ってんだ蒼!オレの方が大きい!」
「なんだと藍!オレだろ!」
今俺の前で大きな川魚を掲げて言い争っているのは河童の中でも特に社交的な蒼と藍。
人間でいうと10歳くらいの若い妖らしい。
姿も一回り小さく、見た目も可愛い。
彼らは幼いせいで人間に対する警戒心がないのか、トキワの件以来よく話しかけてきた。
今日も他の河童たちよりも多く俺のところに来ている。
「こらこら喧嘩するな。どっちも大きくてすごいよ。俺なんて一匹も獲れてないんだぞ?」
「お前そんな棒で本当に魚獲れるのかー?」
「お前も潜って獲ればきっと大きいのが獲れるぞ」
「潜ってって……潜っても俺には手づかみで魚を獲るのは無理だ。そんなことができるのはお前達河童くらいだろ」
「えー、そんなことないよ」
「うん。だって」
藍が「ほら」と指を差した先。
そこから大きな水しぶきが上がったと思うと、次の瞬間そこには「よっし!大物だ!」と30センチはあろうかという大きな川魚を空に掲げている焔がいた。
「え、焔何やってんの」
「何って、魚獲り大会だというから参加したんだ。久しぶりに泳いだが、やはり暑い日の水浴びは最高だな」
もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
河童たちの遊びにちゃっかり参加しているし、ひと際大きな魚を捕まえているし、服着たままだし。
結局俺は「それ、泳ぎにくくないのか」と聞いていた。
和服、水吸ってかなり重そうなんだがと続ければ、別に気にならないと返しながら、あっけなく捕まえた魚を逃がしている。
そして魚が川の中を元気に泳いでいくのを確認するとブルブルッと全身を震わせて水けを払った。
(そういえばこいつ狛犬なんだっけ?)
水の払い方は犬そのものだ。
「そんなことよりお前も泳いだらどうだ?今日は最高に気持ちいいぞ」
普段難しい顔をしていることが多い焔がわずかに笑っている。
よほど機嫌がいいらしい。
妖にも夏の暑さは堪えるようだ。
そんな分析をしながら俺は首を横に振った。
「今日は釣り大会って聞いたから水着持ってきてねえもん。まあ、それはまた今度だな」
「ほんとか?じゃあ、今度は水泳大会をしよう!」
「それはいい!直哉、負けたらきゅうり50本な!」
「水泳とか1パーセントもお前たちに勝てる気がしないから却下!きゅうりだって安売りしてても50本買ったら金額、馬鹿にならないんだぞ」
蒼と藍の提案をすぐさま却下すれば、二人は俺にまとわりつきながら不満を訴える。
「けちー」
「直哉のけちー」
「そういうってことはお前たちだって確実に俺が負けると思ってるんだろ。却下だ却下。ただ遊ぶだけならいいけど、勝負はなし!」
「むー。わかったよ。じゃあ今度はみんなで泳いで遊ぼう!」
「絶対に水着持って来いよー!」
「わかった、わかった」
「約束だからなー!」と叫ぶと、二匹は笑い合いながら川に飛び込む。
また魚を捕まえに戻ったようだ。
若いなと少し年寄りくさい事を考えながら釣り糸を巻き上げていると、不意に背後に風を感じ、同時に「直哉」と名前を呼ばれた。
途端に空気が澄んだような感じがする。
それにこの声。
背後に立ったのが良く知る人物であることはわかっていたので、俺は振り返らないまま「何か用か」と問いかけた。
「それは少しつれなさすぎじゃないか?こんにちは硯月!くらい言っても罰は当たらんぞ」
やはり硯月だったようだ。
おそらく俺の声真似をしたのだろうが、まったく似ていなかった。
「言っとくけど俺は焔にだってこんにちは焔!なんていわない。これが俺の平常だ」
「じゃあこれからは私にだけはもう少し明るくかわいく挨拶しておくれ」
「なんでだよ。ってかそんなことわざわざ言いに来たのか?」
「いいや。別の要件がちゃんとある。――直哉、私と少し出かけないか?」
「出かける?お前と?」
俺は瞬時に現状――河童たちと釣りをしながらぼーっと過ごす時間――と、硯月とどこかへ出かけるという選択を天秤にかけた。
そしてそれはすぐに現状維持へ傾く。
「お前と出かける方が数倍面倒なことになりそうだからいかない」
「困ったのお。では、少し手荒くなるが、連れて行くとしよう」
わずかに硯月の声が低くなった瞬間、右腕を強く引かれ、無理やり立たされた。
そのまま引き寄せられる。
硯月の後ろには虹色に輝く光の空間が見えた。
まるでそこだけ景色を切り取ったかのような光景に本能的な恐怖が沸き上がる。
一体その先はどこなのか。
硯月はどこへ連れて行こうとしているのか。
普段俺達人間が行くような場所でないことは確かだ。
俺は反射的に焔の名を呼んでいた。
「焔あああああっ!」
「っ、直哉!?硯月さま一体なにを――!」
ジャバジャバと水音を立てて焔がやってくる。
「なに、危ない目には合わせんよ」
そう言って硯月が笑った瞬間、俺は硯月に腕を引かれ虹色の空間へ飛び込んでいた。
振り返れば、先ほどとは逆にわずかに切り取られた空間に、川岸が見える。
そこに必死にこちらへ走ってくる焔の姿も見えた。
空間が閉じかけているのか、見える範囲が徐々に小さくなるが、俺は最後の希望を込めて、硯月に掴まれていない左手をあちら側へ必死に伸ばす。
空間が閉じる、まさにその時、指先に焔の手が触れた気がした――。
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