17満月の夜に
本日石探し二日目。
昨日は惜しくも時間切れとなり、また明日放課後に来るからとトキワと約束した俺は、その約束通り川へとやってきていた。
今日は石が流されてしまった可能性を考え、少し下流側を探してみるつもりだ。
昨日と同じように川岸に荷物を置くと、裾と袖をまくり上げ川へと入る。
焔は今日も手伝ってくれるつもりらしく、俺に続いて川へと入ってきた。
硯月は相変わらず手伝う気はないようで、トキワと共に川から離れた位置で無駄に良い姿勢でたたずんでいる。
「なんであいつは手伝わないんだよ」
「お前自身の力で探し出し、トキワの信頼を得ることが重要だから、だそうだ」
川底に手を伸ばしながらつぶやいた独り言に、2メートルほど離れたところで同じように水中に手を伸ばしていた焔がこちらを見ないまま答える。
「じゃあ焔が手伝うのはいいのかよ」
「……俺が自主的にやっているのだから止める権利はないそうだ」
「ふーん」
(じゃあ俺はまだ硯月が自主的に手伝いたいと思うほど、あいつから信頼がないってことか?)
友だなんだと言っていたわりには冷たい奴だ。
それともやはり焔の言う通り、硯月はこの依頼で俺を見極めようとしているのだろうか。
石を探し出し、トキワの願いを叶えられたら、硯月は本格的に俺を王に据えようとするのだろうか。
どっちに転んだとしてもなんだか複雑だ。
苦々しい気持ちを捨てるように、乱暴に拾い上げた石を遠くへ飛ばした。
それからは特に何も会話のないまま、お互いに石を探し続けた。
しかし相変わらずそれらしい形の石はあるものの、太陽の光に反応する石はない。
もう日が西の空に沈み始めている。
今日もあの日が沈むまでには見つけられなさそうだ。
痛くなってきた腰を伸ばしていると、深くなっている場所から顔だけを出し、こちらの様子を遠巻きに見ている存在に気づいた。
緑色の肌に黄色いくちばし。そして頭は皿のような平なものがついている。
絵に描いたような河童だった。
しかも、3匹もいる。
襲い掛かってこないところを見ると、彼らは人間を恐れている妖らしい。
だが水中の捜索ができそうな存在は心強い。
俺は軽い気持ちで彼らに声をかけてみた。
「おーい!暇なら石探し手伝ってくんない?トキワが困ってんだよー!」
「!!」
しかし彼らは声をかけられるとは思っていなかったのか、飛び跳ねるように水面を揺らすと、そのまま慌てたように水中に姿を消してしまった。
「そんなに怖がらなくても襲ったりしないっての……」
襲われるのは嫌だが、ここまであからさまに嫌われると傷つく。
俺は内心泣きたい気持ちで再び石探しを再開したが、この日もついに石を見つけることはできなかった。
そして捜索3日目。
初日と比べると大分下流へ来たが、相変わらずトキワの石は見つからない。
本当に落としたのはこの辺りなのかと再確認したが、泣きそうな声で「間違いございません」と言われれば信じるしかないだろう。
それに焔も捜索に加わっているこの状況で嘘をつくとも思えない。
そんなわけで俺は今日も川底に手を突っ込んでいる。
しかしあまりにも単純作業なのでそろそろ精神的にもしんどい。
それでもトキワの為に石を探し続ける俺の耳に、不意にボトンッ、パシャンッと石を川に投げる音が聞こえてきた。
焔の作業スピードが上がったのかと驚愕と共に視線を上げれば、その先で河童たちが何度も潜水を繰り返し、浮上しては石を空に掲げていた。
「え」
明らかにトキワの石を探している。
昨日はあれだけ怯えていたのに、手伝ってくれているらしい彼らに俺はかなり心を打たれた。
(あいつらめっちゃ良い奴らじゃん。明日絶対キュウリもってきてやろう)
そう心に決め、俺はまた作業を開始した。
しかし協力者が増えたからと言って、この川の中から石を一つ見つける作業が楽になるわけでもなく、今日も夕日が夜の闇に押されて西の空へ消えようとしていた。
それを見た焔が「直哉、今日はここまでにしよう」とジャバジャバと水音を立てながら川岸へ進んでいく。
いつもならそれに従う俺だったが、今日はそうしなかった。
なぜならば。
「明日は学校休みだからもう少し探すよ。今日は満月みたいだし、多少日が暮れてもまだ見える」
それに、月明かりで石が光るかもしれないだろと作業を続ける俺に、焔が呆れたようにため息を吐き出した。
だがそれ以上何を言うでもなく、またこちらへ戻ってくると、同じように石探しを再開する。
バシャッ。
ドボンッ。
すっかり暗くなり始めた川にみんなが石を投げる音が響く。
俺も諦めずに作業を続けていたが、そろそろ限界だ。
「……やっぱり日がないと見えにくいな」
「当たり前だ。だからもうやめろと言ったんだ。それに夏とは言え日が落ちれば水温が下がる。人間にはきついだろう」
「水温はまだ大丈夫だけど、明かりがな……」
焔は妖だから夜だからとはあまり関係がないのだろうか。
懐中電灯でも持ってくればよかったと内心後悔した時、ふわりと風が吹いて俺達のいる辺りが柔らかなオレンジ色の明かりで照らされた。
驚いて顔を上げれば、沢山の狐たちが両岸に並んでいる。そしてその狐たちのしっぽの先に小さな炎の様なものが浮かんでいた。
「狐火だ。大杉神社に仕えている狐たちも協力してくれるらしい」
「まじか。めっちゃありがたい。どうもありがとうございます」
俺は彼らに手を合わせて頭を下げると、また作業を再開した。
しかしその時、不意に弱々しい声でトキワが俺を呼んだ。
「もう、結構でございます。石を落としたのは50年以上前のこと。きっと石は海へと流されたか、削れて見つけられないほど小さくなってしまったのでしょう。石は諦めます」
「トキワ……」
そんな悲しそうな声で言われて、はいそうですかと答えられるはずもない。
きっとトキワは俺達を思ってそんなことを言ったのだろう。
心の中では絶対にあきらめたくないはずだ。
だってそれは大切な友から貰ったたった一つの大切な石なんだろう。
もう二度と会えない友の残した生きた証なのだろう。
「何日かかるかわかんないけどさ。焔だって、河童だって、狐だって協力してくれてんだ。だから絶対見つかるよ。まだ諦めるなって。な?」
トキワを安心させるように笑顔でそう諭せば、トキワが一回り小さくなったような気がした。
しかし、とても小さな声で「はい」と答えたのを俺は聞き逃さなかった。
「よっし!みんながんばろーぜ!」
「うん!」
「頑張りましょう!」
俺の声にそう答えてくれたのは河童たちだ。
狐たちは岸から川を狐火で照らしながら「頑張って!」と応援してくれている。
焔はもくもくと作業を続けていたが、その姿勢を見るに彼も諦めるつもりはないらしい。
俺も気合を入れなおして石を探し始めた。
しかし石は見つからず、ついに焔が強制的に俺を岸に上げた。
「もう限界だ。これ以上遅くなると邪な妖も活発に動き出す。お前はただでさえ厄介を引き付ける体質なんだからもう帰れ」
「あー、まあしょうがないか。さすがにもう8時だもんな。明日は朝から探せるし……ん?」
(あれ、今何か光らなかったか?)
もしかしたら魚かもしれない。
しかし俺はその光の場所へ駆けだしていた。
バシャバシャバシャッ。
背後で焔が「おい!」と声を上げたが、構わず進み、川底へ手を伸ばす。
そして親指ほどの大きさの卵型の石を拾い上げた。
それを満月の光にかざせば宝石のように青く輝いた。
「!!」
あっとと声を上げたのは誰だったか。
一瞬後には妖たちの大歓声が響き渡っていた。
「トキワ!あったぞ!これだろ、お前の捜してた石!!」
慌てて岸に上がりトキワに差し出せば、ふわふわとした毛で覆われた小さな手が伸ばされる。
少し震えているように見えるその手に石を渡せば、大切そうに胸に抱き寄せられた。
「はい……はい。この石で間違いございません。ありがとうございます、ありがとうございます」
何度も何度もお礼の言葉を繰り返すトキワ。
その声は泣いているようにも聞こえて、俺は不覚にも泣きそうになってしまった。
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