16焔の不安

「依頼主って、なんのことだ」

「うむ。今呼ぶからな。――来い、トキワ」


 硯月がそう声をかけると、すぐに硯月の足元に霧が立ち込め始めた。

 濃くなった霧が、消えると、そこには直径30センチほどのモフモフの毛玉がたたずんでいた。

 見た目は完全にアンゴラウサギだ。


(え、これ妖?めっちゃ可愛い。モフりたい)


「お前はケセランパセランだな」


 焔の問いに毛玉が10センチほど飛び上がった。


「は、はい。わたくしめは確かにケセランパセラン。名をトキワと申します」


 子供の様に高く、か細い声。

 ただその身を覆う毛があまりにも長いため、どこに目があり、口があるのかさっぱりわからない。

 しかしそれがまたいい。

 ふわふわしてて綿あめみたいだ。

 あれに顔うずめたらどんな感触だろう。

 絶対に気持ちいいだろうな。

 そう考えたらたまらなくなった。


「おい、お前。なに震えてるんだ。まさかこれが怖いとか言わないよな」

「ばっか!怖いわけねえだろ、むしろ可愛すぎて困る。震える。なあトキワ、そのモフモフの身体触ってもいいか?」

「えっ」

「なんだ、身体に触れたいのなら私の身体に触れるがいい。なんなら抱きしめても良いぞ」


 トキワに一歩近づいたところで、スッと硯月が間に入ってきたので思い切りその胸を突き飛ばす。


「誰がお前みたいな男を抱きしめたいか!俺が抱きしめたいのはそっちのモフモフ!」

「つれないことを言うな。私は歓迎しているのだぞ」

「お前はこっちからお断り」

「なんと冷たい……」


 私は悲しいとあからさまな嘘泣きを始めた硯月を冷たい目で見降ろす。

 隣の焔は見ないふりをしてううん、喉を鳴らしている。


「それで、先ほど硯月さまがおっしゃっていた依頼というのは……」


 どうやら焔は一連の流れをすべてなかったことにして話を進めるつもりらしい。

 俺もこれ以上硯月に面倒な絡み方をされるのは嫌だったので、焔についていくことにした。


「トキワが依頼主ってことだよな?」

「ハイ。わたくしめはあなたにお願いしたいことがあって参りました。数か月前、とても大事にしていた石をこの人間界に落としてしまったのです。しかしどうやら川の中に落としてしまったようで、自分自身では拾いに行けず、困り果てておりました」

「もしかして水にぬれると溶けるのか?」

「はっはっはっ、直哉は面白いことを言うな。なかなか溶ける妖というのは見たことがないぞ」

「だってこんな綿あめみたいな見た目してたらそう思うだろ」


 大声で笑われてむっとしていると、焔が「身体が軽すぎるから川のように流れのある場所ではすぐに流されてしまうんだ」と教えてくれる。


「それに軽いから川の中にもぐることもできない。水中のものを探すには不向きだろう」

「なるほど。それで、トキワが落としたのはどんな石なんだ?すごく貴重なものか?」

「はい。友人からもらった、大切な石にございます」

「友人って、妖の?」

「いえ、人の子にございます」


 そういってトキワは昔話を始めた。


「昔、まだわたくしめが小さく弱い存在だったころ。お腹を空かせて倒れていたところをそのひとが現れて、わたくしめを家につれていってくれました。その人は毎日わたくしめにおしろいをくれ、大きくなって、元気になってと話しかけてくれました。そのおかげでわたくしめはこうして立派なケセランパセランとなることができたのです。しかし喜んだのも束の間、その人は引っ越すことになってしまい、まだまだ力が弱かったわたくしめはその土地を離れることができませんでした。その時にその人が大切にしていた宝石を友の印だといってくれたのです」


 トキワはその時の事を思い出したのか、最後の方は少し声が震えていた気がした。

 妖にも寂しいという感情があるのだろうか。


「……今、その人はどうしてるんだ?まだ会いにはいけないのか?」


 その問いに、一拍おいて「はい」とトキワが頷いた。


「もう、50年以上前のことでございます。人の子はあまりにも早く時を駆けますゆえ」

「そう、か」


 トキワの言葉の意味が分からないほど子供じゃない。

 おそらくトキワの友人だという人間はもう……。


 妖に寂しいとか、会いたいとか、人間みたいな感情があるかはわからないが、こうして以来してくるほどその友人からもらった石を大切にしていたのだろう。

 それなら、協力してやらないとかわいそうだ。

 トキワも、トキワを大事にしてくれた友人にも。


「わかった。石探し、手伝うよ」


 その言葉にトキワは「まことにございますか!ありがとうございます!」と飛び跳ねたが、焔は眉を寄せてこちらを見ている。


「なんだよ、その顔は」

「だってお前、別に王になりたいわけじゃないんだろ。なのにお前の嫌いな妖に力を貸すのか?」

「大切にしてたって言ってるんだからかわいそうだろうが」

「……変わったやつだ」

「失礼だな」


 困ってたら助けるのは当たり前だろう。

 しかもトキワはかわいい。かわいいは正義って本当かもしれない。


「それでトキワ。お前が石を落とした川ってどこの川だ?」

「はい。すぐそこの美上川にございます」

「マジ?ラッキー。じゃあ今すぐ探しに行けるな。大体どの辺りか分かるか?案内してくれ」

「は、はい!」


 ふわふわと飛び跳ねながら移動するトキワの後に続いて雑木林を抜けて行く。

 以前、焔が襲われていた川岸よりもさらに上流へ5分ほど進んだ、比較的流れの緩やかな場所でトキワは動きを止めた。


 この辺りは水深も浅い。

 水も澄んでいるから探しやすい。

 ただ一つ、難点をあげるとすれば、川底には無数の石が敷き詰められているという事だ。


 しかしここまできて引き下がるわけにはいかない。

 俺は覚悟を決めた。


「……トキワ。お前の落とした石の特徴って何かあるか?色とか形とか」

「形は卵の様に丸く、光にかざすと青く光るのでございます」

「ってことは似たような石をひたすら光に当ててみるしかないのか……」

「直哉様……」

「大丈夫。そんな声出すなって。絶対見つけてやるから」


 とりあえず持っていた通学鞄を水にぬれない場所に置き、その横に靴を脱いで並べる。その靴の中に脱いだ靴下をなくさないように詰めた。

 あとは両腕の袖と両足の裾をまくり上げれば準備完了だ。


 足つぼを刺激するマットの様な足元の石に苦戦しながらもなんとか川へ足を沈める。


「ふぃ~、気持ちいいー!」


 季節は7月。水の冷たさが心地いい。

 ご褒美的な依頼だなと思いながら、俺はさっそく水面を観察し、それらしい石を探し始めた。


「お、これか?……違うな。これはどうだ……光らねえ……これかな……」


 拾っては光にかざし、光らなければ捨て、またそれらしい石を拾っては光にかざす。

 恐ろしく地味で果てのない作業だ。

 10分もしないうちに腰に限界がきた。


「ずっと中腰だからしんどいな……」


 一旦姿勢を戻し、腰に手を当ててそのまま身体をうしろに逸らす。

 その先に肩を並べてこちらを観察している焔と硯月が見えた。

 何かを話しているようだが、距離があるせいでその内容までは聞き取れない。

 相変わらずにこやかな硯月と少し険しい顔の焔。

 硯月を尊敬している焔が硯月の隣であんな顔をするなんて。


(まあ多分また硯月がいつもみたいに変なこと言ってるんだろうけど)


 一人で相手をさせられて可哀想に。

 同情していると、不意に焔がこちらに駆けてきた。


(やば!まさか心読まれた?)


 文句を言われるかもしれないと思った俺は慌てて石探しを再開した。

 水面から水中の似た形の石を探しながら中州へと進んで行く。

 すると背後からジャバジャバという音が聞こえ、水面が大きく揺れた。


「な、何やってんだ焔?」


 何事かと振り返れば、焔が俺と同じように中腰になって水面に手を突っ込んでいた。


 俺の問いに、焔は顔をあげないまま「俺も手伝う」と告げた。


「お前一人じゃ何日かかるかわからないだろう」

「それは、そうだけど……お前は濡れても大丈夫なのかよ」


 色鮮やかな緑色の袴は水に浸かって濃い色に変わってしまっている。着物の袖もびしょびしょだ。

 トキワのように流されたりはしないだろうが、どうみても水中の石を探せる格好ではない。


 だが焔は気にした風もなく、ジャバジャバと水中を漁り続けている。


「まあ、お前が気にしないならいいけど。手伝ってくれるのは助かるし」


(お、あそこにも卵形の石発見!)


 今度こそトキワの石かもしれないと期待を持って手を伸ばし、太陽にかざしてみたが、またしても反応なし。


 ため息と共に石を乱暴に捨てると、不意に焔が俺の名を呼んだ。


「なに?」

「……硯月さまには気を付けた方がいい」

「は?」


 急に何を言い出すんだと振り返れば、今度はまっすぐに俺を見ていた。

 その真剣な眼差しに一気に緊張感が高まる。


「あの方はお前を王にと望みながら、真にお前を認めていないような部分がある。本当にお前を王にしたいというだけならいいが、もし何か企んでいるとすれば……お前は危険に晒されることになる」

「もしかしてさっきあっちで何か話したのか?」

「今回の依頼は硯月さまがお前を見極めようとして仕組んだのかと聞いたが、いつものようにはぐらかされた。だが、その後に見た硯月さまの笑みが怖くてな」


 その時のことを思い出しているのか、焔の顔は険しい。

 俺よりも長く生きているだけあって、経験から何かを感じ取ったのかもしれない。


「……そっか。わざわざ忠告ありがとな。でも俺はあんまりそっちの世界に関わるつもりねえし、心配いらねえよ」


 硯月がうさんくさいのは初めからだしなと俺は再び水中に手を伸ばす。


「あー、また違ったわ……」


 石を投げ捨てる俺の背後から焔のため息が聞こえた。


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