14思いとは裏腹に

 妖の世界の事は自分には関係のないこと。


 そう、思っていたのに。

 今俺の上には青白く長い手足を持つおじいさんがいた。

 その手は俺の首にかかっている。


(あれ、ちょっと待ってこれどういう状況!?)


 苦しさにもがきながら必死に思考を巡らせる。

 しかし寝起きだからか、ありえない状況に陥ったゆえのパニックのせいか、思考が上手く巡らない。


(ちょ、ちょっと待って!俺、硯月たちと別れてから家に帰って来たよな!?)


 おじいさん越しに天井を見上げれば、間違いなく見慣れた自室の天井だ。

 視線を動かして壁を見れば、カレンダーの位置も本棚の位置も間違いなく自分の部屋。


(じゃあこれってどういう状況!?)


 まさかあのあと知らず知らずのうちに妖にあとをつけられていたのだろうか。

 しかしこのおじいさんは鴉の一族ではないようだ。

 服装も真っ黒ではなく、淡い色の着物を着ている気がする。

 電気がついていないので詳細はわからないが。


「ぐっ……お、まえ、なにもんだ……!」

「名乗るまでもない。お前はここで始末する。人間が我らの王になるなど冗談ではない!」


(石関係か!くそっ、俺は王になんてなる気ねぇのに!)


 やはりこの石は持っているだけで不幸を引き寄せるらしい。

 この場を無事に切り抜けたら絶対に硯月に文句を言ってやる。

 というかこうなってるのはあいつのせいなのだから助けに来いと怒りが込み上げてきた。


(なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ!硯月の馬鹿野郎!!)


 ドォオオオオオンッ!


「ぐああっ!」

「うわああっ!」


 突然顔面ぎりぎりを真っ赤な炎が勢いよく通過した。

 予想だにしない熱風に驚きすぎて大声があふれ出る。

 

「な、なんだ!?」


 首の圧迫と共に腹の上の重さも減ったので、上半身を起こして状況把握に努める。

炎をまともに食らったおじいさんは壁際まで吹き飛んでいた。

しかし幸いなことに丸焦げにはなっていない。

壁も。


「よお、なんとか間に合ったみたいだな」

「!」


 今度は突然背後からの声。

 勢いよく振り返れば、机の横にある窓から焔が入ってくるところだった。

 しかも当然のように土足だ。

 いや、その前にどうやって鍵開けたんだ。

 突っ込みたいところは色々あるのだが、先ほどの炎が焔の仕業だとすればまずはこれを言わなければ。


「馬鹿野郎!室内で炎ぶっ放すやつがいるか!家燃えたらどうしてくれるんだよ!」

「はあ?神聖な俺の炎が邪悪なもの以外燃やすわけないだろう!狛犬を侮辱するな!」

「っ、狛犬がなぜここに……!もしやもうすでに妖を従えていたのか!」


 壁際で倒れ込んでいたおじいさんが苦し気に起き上がると、その先に焔を見つけて驚愕している。

 しかしすぐに焔が「ああ?」と睨みを聞かせたので、怯んで口を閉ざした。


「ふざけるな。俺はこいつの従者なんかじゃない。もう一回言ったら殴る」

「さっき殴るより酷い事したよな……痛っ」


 拳を握りしめて掲げる焔を見て小さく呟いたのだが、しっかり聞いていたらしい焔の拳がそのまま頭に振り落とされた。


「なにすんだよ!」

「お前が余計な事を言うからだ」

「本当のことだろ!」

「うるさい黙れ」

「はあ!?」

「……さまに、報告しなければ」


「――おいこら!待てっ!」

 

 言い争いをしている内におじいさんは霧のように消えてしまった。

 その場をしばらく見つめていた焔は、なぜかこちらを睨み下ろす。


「な、なんで睨むんだよ。俺のせいじゃないだろ」

「どう考えてもお前のせいだろう。ああ、やっかいなことになった気がする……というかそもそもお前が襲われなければこんな事にはならなかっただろうが」

「それこそ俺のせいじゃねえだろ!」

「うるさい。襲われる前に札で追い払うなりできただろうにしなかったじゃないか。なぜそうしなかったんだ」

「なぜって言われても……急に寝込み襲われて対応できるかよ」

「普通あれだけ殺気を向けられたら気づくだろうが」

「妖基準で普通とか言われても困るけど」

「そうじゃない。お前、有名な陰陽師の子孫なんだろ。あんなに術も使いこなしてたし、気配くらいわかるだろって事だ」

「それとこれとは別じゃね?」


 第一、寝てるとこに見知らぬ気配を感じたら怖いだろと内心思いはしたが、妖の場合は気配を感じ取れないとまずいかもしれない。

 先ほどのようにまた襲われないとも限らないし、今回のようにタイミングよく焔が来てくれるとも限らない。


「……どうやったら妖の気配って読めるようになるんだ?」

「修業あるのみだろう」

「俺にそんな事してる暇はない!」


 こっちは永遠とも呼べる時間のある妖とは違うのだ。

 学生生活はあっという間に過ぎ去っていくし、毎日勉強に宿題、テスト勉強と忙しい。

 とてもではないがどこかの山にこもって修業しているような時間はない。


 そう胸を張って主張すれば、高い位置から「はぁ……」と重いため息が降ってきた。


「仕方ない。この俺が人間の護衛なんてごめんだが、知らぬところで命を落とされても目覚めが悪いからな。それにやはり恩は返すべきだろう」

「それって、つまり?」

「助けられた分の礼として見張りくらいはしてやるって言ったんだ!」

「マジか!それは助かる!」


 ではこれからは余計な事をしてくる妖退治は焔に任せ、俺はすべてに無視を決め込めばいい。

 日常生活が少なからず取り戻せる予感に思わず焔の手を取り、ブンブンと振り回していた。

 だがすぐに「気安く触るな!」と振り払われる。


「なんだよ、いいじゃん。これからよろしくするんだから、挨拶みたいなもんだろ」

「人間の風習なんて知るか!とにかく見張りはするが馴れ合うつもりはない」

「へいへい」

「おや、そうなのか?せっかくなのだから仲良くした方が良いだろう。どれ、それならこの私が焔の分も直哉に構うとしよう」

「うわあああっ!」


 ふわりと背後から風を感じた次の瞬間には、右肩に白い手が触れていた。

 体温のないそれに俺は思わず飛び跳ね、焔の後ろに隠れていた。


 焔の背中越しにそっと覗き見れば硯月が楽しそうに笑っている。

 その姿に腹がたったので、反射的に殴りかかるも、ふわりとかわされてしまう。


「なんでお前までここにいるんだ!」

「なに、焔がここへ向かっているのが見えたのでな。どうなる事かと思い、あとをつけてきたのだ。しかし無事に話がまとまったようで安心したぞ。今取り逃がした奴は華心の信者だ。今後面倒ごとが増えるやもしれぬからな。はっはっはっ」

「華心?」

「華心様の!?」


 首を傾げる俺の横で焔が目を見開いている。

 そしてすぐに「まずいことをした」と顔を青くした。


「なに?その華心ってえらい妖なの?」

「華心様は四大妖のひとりだ。王の補佐的立場にあるとても位の高い妖でもある。できれば喧嘩は売りたくない相手だった……」


 最後に恨めしそうな視線を向けられたので「不可抗力だからな!」と一歩距離を取る。

 あのおじいさんがそんな偉い妖とつながってるとは思わなかったし、そもそも命を狙ってきたのはあちらなのだから、こっちサイドは何も悪くない。

 正当防衛に違いないのだが、妖に言っても通じるかどうか……。


 焔にどう言葉をかけるべきか悩んでいると、そんな俺たちの様子を見た硯月がまた「はっはっはっ」と楽しそうに笑いだした。


「なに笑ってんだ硯月。そもそもさっきのやつは俺が王になるのは嫌だって襲ってきたんだぞ。お前がすべての元凶なんだから焔の事も含めて何とかしろ!」

「それは違うと申したであろう。私はあくまで石が不正に使われることのないように守るだけの守護者に過ぎない。石は自らの意思でお主を選んだのだ。そう、まさに石の意思」

「もうそのおやじギャグはいいって!」

「はっはっはっ」

「……はぁ」


 ひとり愉快そうにする硯月に焔と俺のため息が重なった。

 そして二人同時に自由すぎる硯月の扱いに困って肩を落としたのだった。


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