11硯月を知るもの

 小さなうめき声に視線を戻せば、赤毛の男がまたしゃがみ込んでいた。

 やはり肩に攻撃を受けていたのか、右手で左肩をおさえている。

 その痛々しい姿に俺は自然と駆け寄っていた。

 そして同じようにしゃがみ込むと肩のあたりを観察する。

 白い着物に血がにじんでいる様子はないので、出血はしていないようだ。 

 だが酷くぶたれたのなら内面、骨に異常をきたしている場合もある。

 しかし骨に異常があるかどうかは見た目では判断できそうになかった。


「大丈夫か?骨折れてそうか?」


 男からの返事はない。

 視線をわざと遠くにやっているようなので、あえて無視しているようだ。

 そんなことをする余裕があるのなら重傷を負っているわけではなさそうで少し安心する。

 男の態度と顔色を見て冷静さを取り戻した。


「……そもそも妖だから骨折れるとかないよな、たぶん」


 だからと言ってこのまま立ち去っていいものか。

 二人の間に重い沈黙が満ちた。


「たく、なんでこんな重大事件の時に硯月はいないんだ」

「……硯月?」


 思わず呟いた一言に男がギュンと顔を戻し、こちらに視線を向ける。

 大きく見開かれた目がギラついているように見えて怖い。

 まるで獲物を狙う狼だ。

 しかし男は俺の心情などお構いなしでさらにぐぐっと顔を寄せてきた。


「お前、硯月を知っているのか!なぜ人間のお前が硯月を知っている!」

「知ってるって言っても顔見知り程度だぞ……なんでそんなに興奮してるんだよ。とりあえず、離れてくれっ」


 ぐっと厚い胸板を押せば、意外にもあっさりと男は離れる。

 しかし目は依然として見開かれたままだ。

 さらに口をがっと開いて声を荒げる。

 チラッと見えた犬歯は鋭く伸びていた。


(こいつ犬系の妖なのかな)


「人間のお前があの硯月と顔見知りであること自体おかしいだろ!」

「おかしいって、まあ確かにそうだけど、しょうがないだろ。俺が見えるようになっちまったんだから。てかお前も硯月の知り合い?」

「知り合い……ではないが、名前は知っている。妖の中では有名な方だ。妖王に仕える四大妖と同等の力を持ち、いつでも幹部を狙える立場でありながらその使命ゆえに妖界を旅しているという」

「よくわかんないけどなんとなくすごいやつってのはわかった。で、その使命ってのはなんなの?」

「時期妖王を決める秘石をその身に宿しているのだ。そしてその秘石を守り続けている。妖にとってはとても重要な秘石だからな。その秘石を守る硯月は王の守護者とも呼ばれている。とにかく、ただの人間の、しかも子供のお前がそう簡単に言葉を交わせないほど身分の高いお方なのだ」

「いや、でもあいつから積極的に声かけてきたんだが。まあでも安心してくれ、今日でその縁も終わりだから」

「どういうことだ?」

「俺このあと硯月にこの力を封印する方法を聞くつもりなんだ。そしたらもうお前たちには関わることもない」

「こら直哉!今朝と話が違うではないか!」

「うわっ!」


 急に第三者の声が聞こえたと思ったらその一瞬後に視界が白で埋め尽くされる。

 俺と男の悲鳴が重なった。


「封印の話はなしだと言ったであろう!酷いぞ!」

「硯月……」


 大の大人がしくしくとわざとらしく泣きまねをしても苦笑するしかない。

 たとえ絶世の美形だとしても、いや絵にはなるが、それでも服の袖を目もとに当ててよよよと泣かれたらリアクションに困る。

 どう対処するのが正解なのかと考えていると、硯月の向こうで「これが硯月さま?」と動揺している声がした。

 もしかして彼は硯月がこんなやつだと知らなかったのだろうか。


(話に熱がこもっていたからな……)


「ほ、本当にあなたがあの硯月さまなのですか?」

「おや、初めて見る顔だな」


 背後からの声にスッと背筋を伸ばし、先ほどまでとは一転してきりっと顔を引き締めた硯月が振り返る。

 180度、態度が変わって今度は俺が動揺した。


(もしかしてお前妖に対してはいつもそんな態度なのか?)


 そういえば初めて大杉神社で見かけたときも凛とした感じで座っていた気がする。

 それとも俺に向けている態度が偽物なのだろうか。

 今の俺にはどちらが本当の硯月なのか判断ができない。


 背後から送る訝し気な視線に気づいているのかいないのか。硯月は未だ動揺している男に名前を問いかけている。


「俺は焔と言います」

「うむ。焔か。お主は狛犬のようだな。このようなところをうろついているという事は修業の身か?」


 修業、という言葉に焔の目が輝いた。

 口角も引きあがり、どことなく嬉しそうな表情になっている。

 修業という言葉のどこに喜ぶ要素があるのだろうか。

 やっぱり妖の事はわからない。


 首をひねる俺の前で、その意味を分かっているらしい硯月はうんうんと大きくうなずいてから俺の方に振り返った。


「してなぜ焔と直哉がともにいるのだ?」

「なぜって、そいつが襲われてたから何事かと思って見に来たんだよ。そうだ、焔肩怪我してるんだろ?硯月見てやってくれよ」

「いや!俺は!これくらい問題ない!です!」

「問題ない、ということは怪我をしているのは本当のようだな。どれ、見せてみよ」

「いや、しかし、硯月さまにそんなことさせるわけには……」

「気にするな。それに何より直哉の頼みだからな。聞いてやらないわけにはいかんのだよ」

「おい、なんか恩着せがましい言い方だな。貸しとかにすんなよ」

「ふふっ、そう聞こえたのならすまない」


 楽しそうに笑いながら大人しくなった焔の肩に手をかざす硯月。

 するとそこから青白い光が現われ、しばらく発光したのちに消えた。


「ほれ、これで大丈夫だろう」

「はい、ありがとうございます」


(マジかよ。それだけで治ったのか?妖って便利だな)


 にわかには信じられないが、焔は痛めていたはずの肩を軽く回して動きを確認している。

 その様子を見るに本当に治っているようだった。

 人間もいちいち病院に行かなくてもよくなったらどれだけ楽なのだろうと考えたが、種族が違うのだから深く考えても無駄なだけだと思い、すぐにやめた。

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