8 行くか、とどまるか
「あー、疲れたぁ……」
全日程を終えてようやく学校を後にした俺は、校門を出たとたん思わず全身の力を抜いて、肩を落としていた。
何度も無意識にため息が零れ落ちていく。
ため息を吐くと幸せが逃げるという迷信を信じているわけではないが、あまりよくないことだとは思っている。
けれど気を抜くとすぐにため息が出てしまう。
隣に直哉がいないことも原因の一つだと思う。
誰も周りにいないので、ため息を控えなければいけないという抑制がうまくきかない。
心なしか身体もだるい。
足取りも、重かった。
しかしそれでもその原因を取り除くために硯月のところへ行かなければ。
やっぱりこの力は封じたい。
今朝は言い負けたが、なんとしても説得して封印の方法を聞き出さなければ。
「はぁ……」
ぼーっとどこを見るでもなく歩き続けて商店街を抜けると、しばらくして大杉神社を囲む木々が見えてきた。
そしてすぐに立派な赤い鳥居の前にたどり着く。
硯月は現れなかった。
(昼間は読んでもないのに来たくせに、今は来ないのかよ)
それともどこかへ出かけているのだろうか。
この先に硯月がいるかどうかはわからないが、とりあえず行ってみよう。
なんとなしに石畳の参道を挟むように植えられた木々を眺めながら歩みを進める。
やはりここは空気が違う気がする。
普段はあまり人が寄り付かない場所だからだろうか。
聞こえるのは風が葉を揺らす音だけ。
自然の音が、もやもやとした心を洗い流していくようだった。
なんて心地いいのだろう。
俺は何かに誘われるようにその場に足を止め、静かに目を閉じた。
まるで大自然の中に溶け込まれてしまったかのような錯覚を起こしそうなほど、耳から全身が風の音に支配されていく。
(このまま、こうしていたいな)
本当は面倒ごとを引き起こしてしまったこんな場所になどいたくないはずなのに、どうしてかそんな気持ちになる。
それほど居心地がいいのだ。
風が吹く。
葉が揺れる。
カサカサカサ……ッ。
時々、鳥の鳴き声。
チチチチチッ。
それから鴉の声。
カァ、カァ。
(ん、鴉?ここで鴉なんて見たことないぞ)
目を開ければちょうど頭上を鴉が群れになって飛んでいくところだった。
今朝のできごともあって、思わず眉間にしわが寄る。
(あっちは確か、神社の裏だよな)
参道から外れて裏に行ったのは幼い頃に一度だけだ。確かあちらには竹林があり、そこを抜けた先に小川が流れていたはずだ。
「うぅ~ん……」
行くか行かないか。
閉じた口から唸り声がこぼれ出る。
行けば面倒な予感しかしないが、行かないのもそれはそれで気分が悪くなりそうだ。
考えている間にも鴉の鳴き声は大きくなっている。
「…………」
「~~っ!」
「っ!!」
「ああもう!くそっ!」
林の方から数人の言い争う声が聞こえた瞬間、俺は走り出していた。
参道を右に逸れ、土の道を進むとすぐに周りは竹だけになる。
さらさらと揺れる笹の音を聞きながら、一気に駆け抜ける。
(なんか昨日から走ってばっかりだな!ほんとに碌なことがない!)
面倒ごとに関わりたくなければ無視すればいい。
どうせ自分には関係のないこと。
そう思うのだが、足は勝手に動き続けるのだ。
それはきっと、万が一誰かを見捨てることになったら夢見が悪い。
ただそれだけの理由で。
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