4 追うもの
「じゃあまた明日な」
「おう!またなー!」
郵便ポストがある分かれ道で寛は右、俺は左に進まなければいけないので共に手を振って別れる。
寛はここからすぐの家だが、俺はまだこの道の先の小さな川を越えなければいけない。
石の柵が時代を感じさせる古い橋。
柵が低いので小さなころは落ちてしまうのではないかと怖くて一人では渡れなかったが、小中高と通学路で使い慣れ、今ではなんの感情もわかなくなった。
「なんか疲れたな……。風呂入ってゆっくりしてぇ」
ふあっと大きなあくびをこぼしながら川を見れば、オレンジ色に変わりつつある夕日が水面を照らしてキラキラと輝いていた。
(綺麗だな……)
雨の日は増水して恐怖心を抱かせるこの川も、普段は穏やかで時折心を穏やかにしてくれるこんな光景を見せてくれる。
もう少しだけこの景色を見てから帰ろう。
せっかくなのだからじっくり見ていきたい。
そう思って足を止め、しばらく景色に見とれていた。
「ん?」
今一瞬オレンジ色の光の中を黒い煙のようなものが横切った気がする。
「気のせいか?」
いや、気のせいじゃない。
煙のようなものが橋の下から流れ出ている。
まさか誰かこの橋の下でごみを燃やしているのだろうか。
田舎とは言え、外でごみを燃やすことは禁止されている。だがたまにこうして隠れて燃やす爺さんがいたりするのだ。
(こんな時間に隠れてごみ燃やしてるのはどこの爺さんだ?)
興味半分で橋の下を覗き込む。
それからすぐに後悔した。
そこにはごみを燃やす爺さんもおらず、燃えているごみもなかった。
あるのは黒い煙――霧といった方が近いかもしれない何かが渦巻いていた。
(なんだ、あれ……)
今まで見たことのない現象に、身体が固まる。
そのまま目をそらすこともできずに見続けていると、その霧の一部が固まり始めた。
そしてそれは徐々に何かの形になっていく。
大きな目のようなものの下に大きな口のようなもの。
口に見える部分からは大きな牙がのぞく。
そして額と思われる部分からは短いこぶがせり出してくる。
あれは――。
「鬼?」
ゆっくり時間をかけて固まったそれは、絵で見る鬼の顔によく似ていた。
そしてその鬼の大きな目が、声に反応するようにギロリと上を見上げた。
「――っしまった!」
またやってしまった。なんて学習能力がないんだ。
そう思った瞬間俺は走り出していた。
背後で獣のような恐ろしい咆哮が聞こえる。そのすぐ後に風が勢いよく吹き上がる音がした。
(追ってくる!)
直感的にそう感じ取った俺は家ではなく、神社へ進路を向けた。
家の方が近いが、あれをお持ち帰りするわけにはいかない。
家を知られるのは知らない人も嫌だが妖にだって嫌だ。
(あそこには神様に仕えてるっぽい妖もいたし、家より安全だろ!)
それに神社は悪しきものが入れないように結界が張られている場所がある。
管理されていない場所なら怪しいが、大杉神社はあれだけ空気が澄んでいたのだからおそらく結界も生きているはずだ。
中に入ってしまえばこちらのもの。
おそらく……きっと……。
確証はないが、今はあの神社にすがるしかない。
俺は走りにくいローファーで精いっぱい早く走った。
「はぁ、はぁ……!」
あれからどれくらい走ったのだろうか。
もうだめだ。
息もうまくできない。
膝もガクガクしてる。
なんとか足を動かしてはいるが、もうこれ以上走ることは難しそうだった。
だがもう神社の鳥居は見えている。
あと少し。
あと少しで結界の中に入れる。
はずだった――。
ザッ!
「うわっ」
ついに膝が限界を迎えたのか、すっと力が抜け、そのまま崩れ落ちてしまった。
手足を伸ばした情けない格好で地面に転がる。
(ああでも、立ってるより楽だ……このままここで寝転んでいたい)
たとえアスファルトの堅い地面でも寝転がるってこんなに楽なことだったのか。
もうこのまま寝てしまおうかと思ったが、背後からの咆哮にスッと心臓が冷えた。
だがもう立ち上がることはできそうにない。
生暖かい風と共にあいつが近づいてくるのがわかる。
(俺の人生ここで終わりか……せめて痛くないように一瞬で終わらせてほしい……)
死にたくなどないが、もうどうすることもできないのだ。
こんなことならお祖父ちゃんに妖と戦う方法を教えてもらうんだった。
それから冷凍庫に大事に保存しておいた高級アイス、もったいぶらずに昨日食べておけばよかったな。
ああ、そういえば今日の夕飯チキンカツだって言ってったけ。
食べたかったなぁ……。
いざ死を前にして、後悔ばかりが湧き上がってくる。
ゴオオオオオオッ!
咆哮がすぐ後ろで聞こえた。
「っ!」
ザシュッ!
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