2 御神木
近くで見ると、その木はさらに大きく見えた。
実際見上げようとすれば首が痛くなるほど大きい。
柵の前に立つと一層空気が澄んでいる気がする。
それもこの木の大きさがそう思わせているのだろうか。
それとも本当にこの木には何かしらの力があるのだろうか。
ついさっきまではそんな事あるはずもないと呆れていたのに、いざ目の前に立つとそんな気持ちになるから不思議だ。
もしかしたら同じような気持ちになった人が、祟りを恐れずこの木に触れてみたのかもしれない。
「よし、じゃあせーので触ろう」
「俺もやるの決定してんの?」
「当たり前じゃんか!」
一言もやりたいと言った覚えはないのだが、寛の中ではすでに決定事項らしい。
まあ触るだけでいいならやっておくか。
これで本当に勉強ができるようになれば儲けものだ。
そうでなければ後々笑い話にでもすればいい。
「じゃあせーのでやるか」
「おう!いくぞ?――せぇの!」
寛が手を伸ばすのに合わせて俺も手を伸ばす。
伸ばした瞬間その手が結界にはじかれる――なんてこともなく、俺の手はあっけなくその立派な幹に届いた。
スッ……。
「え――」
手のひらから伝わる幹の感触。
どこかザラザラとしたその感触は間違いなく木のそれだ。
だが……。
だが、掌から伝わる感覚は木とは思えないほど温かく、まるで人の腕に触れているかのようだった。
いくら冬ではないとはいえ、木がこんな温度になることがあるのだろうか。
「――っ!!」
得体のしれない恐怖が湧き上がると同時に俺は反射的に手を引っ込めていた。
「どうかしたのか?」
素早い動きで手を引っ込めた俺を不思議そうに寛が見ている。
寛は何も感じなかったのか、別段急ぐでもなく、自然とその手をおろしていた。
「……お前、なんともなかったのか?」
「なんともって?」
俺の言葉に何も思い当たることがないようで、寛はただ首を傾げるだけだ。
お前、その木変だっただろ。
人間の、もしかしたら発熱した時くらいの温度を持っていたぞ。
本当は感じたままを問いかけ、できればその感覚を共有したかったのだが、見るからに寛には感じられなかったようだ。
(じゃあ、言わない方がいいよな)
言えば確実に笑われる。
きっと気のせいだったのだ。
木があんなに熱を持つはずがない。
俺が発熱しているのか?
うん、きっとそうだ。木が暖かいなんてありえないもんな。
必死に自分に言い訳して、感覚を忘れさせた。
「直哉?」
「なんでもない。それより、勉強できるようになりそうか?俺はまったく変わった気がしないけど」
「そうか?俺はめっちゃ勉強できそうな気がしてきたぞ!次は順位トップ10入りしちゃったりしてな!」
「いや、それはねぇだろ」
「あ、やっぱり?でも万が一があるかもしれないからさっさと帰って勉強するわ」
「えー、お前からそんな言葉を聞くなんて。あ、それがこの木の力か?」
「そうかもな!わはは!」
「じゃ、帰るか。俺も勉強しないとだし」
「だな」
二人で笑い合って、今度こそ家に帰るために木に背を向けた、その時――。
「は?」
目の前の光景が一転していた。
いや、景色は相変わらず木と土と神社があるだけなのだが、違う。
人が、増えている。
神社に仕える巫女のような白い着物に赤い袴を着た小さな女の子や、薄緑の袴を着た男の子がそれぞれ二人。小さな背に合わせた小さな竹箒でせっせと掃除をしている。
その間を神主のような恰好をした背の高い男たちが談笑しながら通りすぎていく。
そのあとを真っ白な狐が2匹戯れるように時折飛びつきあいながら追いかけていった。
なんだこれは。
一体なにが起こったんだ。
まさか本当に異世界に迷い込んでしまったのだろうか。
「おい、寛……あれ、見えるよな?」
「え?あれってなに?なんかあるの?」
どこだよーっとあたりを見回す寛。
足元を箒で乱暴に掃かれているというのにそのリアクションはないだろう。
まさか見えないふりをしているのだろうか。
いや、こいつに限ってそんな器用な真似ができるはずがない。
本当に見えていないのだ。
(じゃあ俺だけがおかしくなったってことか?)
寛の問いに答える余裕もなく、足元を掃除しているおかっぱ頭の男の子を凝視していると、不意に顔を上げたので逸らす間もなくがっつり目が合ってしまった。
(しまった――!)
こういうものは気づかないふりをするのが正解なのだ。
気づかれれば、言葉を交わせば、よくないことが――。
(あれ?なんで俺、そんなこと……)
ザザッと耳元で砂嵐のような音がした。
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