第1章 目覚めた力

1 日常



 時は数時間ほど前まで遡る。


 学校を終えた俺は中学時代からの友人、竹内寛と帰路についていた。

 正門を抜け、その先の商店街を抜ければ、そこからは一気に人気が無くなる。

 民家はあるが隣家との距離が遠い、田舎らしい光景が広がっているだけだ。

 朝は畑や田んぼで作業する人達の姿もあるのだが、夕方にはほとんど見られない。

 その代わり、夕方この道を歩くのは学校帰りの学生や会社帰りの社会人だ。

 しかしまだ時刻は17時前。

 道には部活をやっていない俺と寛の姿しかなかった。

 

水の張られた田んぼが綺麗に空を映し、飛来した鳥がかき消す。

 車通りがない為、車の音も遠くから時折聞こえるだけ。

 聞こえる音のほとんどは木の葉が揺れる音や、鳥の鳴き声だった。


 そんなのどかな通学路をゆっくりとしたテンポで歩いていく。

これがいつも通りの俺たちの日常だった。


「あー、今日も数学さっぱりだったわー。マジやばい。もうすぐ期末試験だってのに……」


 なんでもない会話をしながらここまで来たが、授業の話になったところで急に寛が肩を落とした。

 あからさまに元気をなくしたその姿に思わず笑ってしまう。


「ははっ、お前中間で赤点取ってたもんな。今回赤点だと補習&追試決定じゃん。ご愁傷様」

「何笑ってんだ直哉ー!お前だって英語は赤点ギリギリだったくせにー!」

 

 別に隠すつもりはなかったのでいいのだが、口元を緩めた俺の顔を覗き込んだ寛が不満そうに口をゆがめる。

 

「油断してたら直哉だけ追試かもしれないぞ!?」

「えー、なにお前もしかして今回は家で勉強とかしちゃってるわけー?」


 根っからのゲーマーである寛は基本帰ったら寝るまでテレビにかじりついてゲームをしている。

 それは小学校時代から変わらない、もはや習慣のようなものであり、その習慣は高校生になって赤点を取っても変わっていないことを俺は知っていた。


 そんな男がまさか自主勉などするはずもないと半ば確信を持って問いかけたのだが、予想に反して寛は見た事のないどや顔でフフンと鼻を鳴らした。



「聞いて驚け!なんと帰宅後30分は勉強に当てている!」

「すげぇ!お前が30分も自主勉するなんて奇跡じゃん!」

「だろ!?母ちゃんも驚いてた!わはは!」

「そりゃ驚くだろ!俺もすげぇ驚いた!」


 なにしろ今まで自主勉の「じ」の字すら当てはまらなかった男が30分、たかが30分でも自主的に勉強しているのだ。

 これは本当にうかうかしていたら自分だけ追試になりかねない。

 なにしろ万が一の時は寛が一緒だと安心して、俺自身は帰宅してからただグータラしているだけだったのだから。

 

 急にものすごい焦りが襲い掛かってきた。


「やべー、まさかのやる気。俺も今日からやるか……」

「えー!直哉はグータラしてなよー。同じように勉強したらせっかく俺がやる気出してるのに負けるじゃんかー」

「んな事言ったって今まではお前が勉強しないから俺だって赤点ギリギリでも胡坐かいてたんだぞ。このままだと俺だけやばいだろうが」

「むー、その通りだけどさぁ……。でも俺、勉強してるのにちっとも理解力上がってる気がしないぞ」

「そりゃそんなすぐには無理だろ。そう言うのって多分、凡人の俺らは経験を積んでいくしかないんだし」

「わかってるよー。でもこうパッと頭良くなる道具とかあればいいのになー……そうだ!」

「なんだよ、急に大声出して」

 

ポンと手を打ち鳴らして足を止めた寛に合わせて俺も足を止める。

そのニヤついた顔を見て、ろくなことを考えていないことだけは分かった。


「これだよ!」


 そう言って寛が指さしたのは丁度足を止めた真横にある立派な鳥居。

 この町で最も有名な大杉神社の鳥居だった。


 大杉神社は平安時代から続く由緒ある神社で、噂では神の従者たちが修行を積むために集まる神社とも言われることもあるが、実際は陰陽師見習いたちが立派な陰陽師になるために修行を積んだ神社らしい。

 そのため学びの神社ともいわれ、学ぶ意欲のあるものにはご利益があると聞いたこともある。


「まさかお祈りでもする気か?今さら?」

「そう今さら!だって今までここで遊んだことはあってもちゃんとお祈りしたことなかっただろ?物は試し、信じる者は救われる!ってことで行こー!」

「あ、おいちょっと待てよ!俺は行くとはひと言も――」


 こちらの声を無視してさっさと鳥居をくぐっていく寛を呼び止めようとしたが、寛は振り返りもしない。

 直哉はため息をつくと、諦めてその後を追いかけた。


 大杉神社は一見すると森に見えるくらいたくさんの木々に周囲を囲まれている。

 目測で50メートルほどはありそうな石畳の参道も背の高い木々で囲まれているが、参道の幅が広いので木々の葉に空を覆い隠されることはなく、二人の頭上からはややオレンジに変わりつつある日の光が降り注いでいた。

 どこか幻想的に見えるのは神社という場所がそうさせるのか。


「なんか鳥居くぐっただけで空気違うな?まるで別世界みたいだ」


 思っていたことが口に出てしまったのかと思った。

 だが今声に出したのはキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている寛だ。


「お前、何急にそんなロマンチックなこと言ってんの。安心しろ、同じ世界だから。鳥居くぐっただけで別世界に迷い込んだりしてないから。柄にもない事言って現実逃避するのやめろ」

「わはは!バレたか!別世界に迷い込めば勉強しなくていいのになー」

「そうだなー」


 もうまともに返事をするのが面倒だったので、適当に流しておく。

 どうせこんなところで祈ったって成績が上がるわけではないのだから早く帰りたかった。

 

 しばらく歩いていると左手に開けた空間が見えた。

 円形に広がった空間の中心に大きな杉の木が立っている。

 両手を広げてもまだ足りなそうなほど太い幹に立派なしめ縄がまかれているところを見ると、どうやらこの神社にとって大切な木らしい。

 周囲を木の柵で囲い、人が近づけないようになっている。

 もしかしたらご神木というやつかもしれない。

 そんなことを思いながら参道を進み続けていたら、不意に目の前を寛が横切った。


「うわっ!あぶねぇだろ、ぶつかるとこだったぞ!」

「ごめんごめん。だって、そっちに行かないといけなかったからさ」


 そう言って寛が指さしたのは例の大木。

 もう神社は目の前だ。

 なぜそちらではなく大木の方へ行こうとするのか。

 俺は眉が眉間に寄るのを感じながらその理由を問いかける。


「神に祈るならあっちだろ?」

「う~ん、そうだけど。噂だとあのご神木に触れて祈ると秘められた能力が呼び覚まされるらしいんだ。だからこの際やってみようかと!」

「やってみるって、お前あの柵見えないのか?触るなよって言う遠回しの警告だろうが……」

「ちょーっと触るだけならいいだろ。ただの木なんだし」

「神秘的な力を期待する割にはただの木とか言ったな」

「いやそう言う意味じゃないし!木だからちょっと触ったくらいじゃ壊れたりしないだろってこと!さ、いこーぜ。触るだけで能力が開花するなら最高じゃん」

「まあそうだけど……」

「だろ?ほら早くいこーぜ」


 スキップでも始めそうなほど軽い足取りで寛が止まっていた足を動かし始める。

 なんだかんだ寛は我が道を行く自由人なので、その足を止めるにはかなりの労力がいるだろう。

 とてつもなく面倒だ。

 寛の言う通り、少し木に触るくらいなら問題ないだろう。

 好きにさせてやろうと、俺もその後を追いかけた。





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