第17話 巨人の村のロプト
プラモデル手術によってマーニが目覚め、村はお祭り騒ぎとなった。
レギンは涙を流して喜び、村人たちも親子の感動の再会に涙した。
村では大宴会が開かれて、時期外れの祭りは三日三晩続いた。備蓄してあったレギンの酒や食糧が放出されて、飲めや歌えやの大騒ぎだった。
宴会が得意ではないロプトは隅で大人しくしていたかったのだが、レギンに恩人として大々的に紹介されて宴の中心に据えられたせいで、ひっきりなしに人が来て飲まされて、三日目は何をしていたのかまったく覚えていない。
ただこの宴の最中にレギンから村に留まるように懇願され、家も与えられたので、頑張って我慢した甲斐があったというものだ。
そう思わないと未だに続く頭痛が治まりそうにない。
ロプトは目の前にある一軒の家を見た。
村の外れにある空き家だ。
レギンが若い頃、村の長となる前に使っていた猟師小屋らしいが、今は使う者のいない家、これがロプトに与えられた家だ。
ロプトはドアを開けて家の中に入る。
入るとすぐに目に入るのは動物の解体に使ったらしき大きな作業台。
椅子などはなく台の高さも立って作業するのにちょうど良い。
ところどころ黒ずんだところがあるのは、解体した動物の血の跡だろうか。
壁には解体に使うらしい道具や刃物がずらりとかかっている。
どの刃物も使い込まれているが、錆びていたり折れているモノは一本もない。使わなくなった後も手入れをしていたのだろう。
作業スペースの横には竈や洗い場があり、そこからも外に出られて近くに井戸もある。共同の井戸を使わなくても良いのは贅沢だがありがたい。
ロプト的にポイントが高いのは竈スペースの方に、大きな作業机があることだ。
何に使う作業机かは分からないが、一目見たときからプラモデル制作にピッタリの机だと思ったのだ。こちらの机には椅子もある。
一階はこうした作業スペースが中心だ。
そしてなんとこの家には二階もあるのだ。
村の中の建物としては二階があるのは珍しい。
だいたいの家は平屋だ。家族が生活するだけならそれで充分だからだ。
この家は次期村長のレギンの家だったことや、狩った獣を処理する作業場が必要だったこともあって二階建てなのだろう。
木製の階段を登って二階に行くと、二階部分は生活スペースで暖炉やベッドなどが置いてある広い部屋だった。
一階と同じで仕切りなどはなく、大きな一部屋といった感じだ。
「ふふふ、これが俺の城か! いいじゃないか、なぁ、ナルヴィ」
一通り見てまわったロプトは一階に戻ってきてニンマリと笑った。
ロプトにつられるようにナルヴィも嬉しそうに尻尾を振って吠えた。
マーニを救った事で、レギンの方から懇願されてこの村への移住が叶った。
しかもレギンがこの家をロプトにくれるというオマケつきだ。
最初はロプトも家賃を払おうと言ったのだが、レギンが娘の恩人から対価などとれん、と頑なだったために折れる形で無償で借りることにした。
確かに貰うのは気が引けるが、払えるような対価をロプトは一切持っていない。
譲渡ではなく、借りている、としたのがせめてもの抵抗だった。
いままで自らの楽しみのためだけにプラモデルを作ってきたロプトにとって、プラモデルを作ったことによる報酬を受け取る、という事に慣れていない。
どうにも分不相応だと思ってしまい遠慮してしまう。
だがプラモデルを作ったことで、人が喜んでくれる、という事はなんだからむずがゆく、嬉しい事だと思った。
ロプトはそんなふわふわした、何とも言えない心地よさのようなものを感じつつ、一階の作業机に黒い渦から取り出した塗料や道具を並べていく。
確かに使う分にはいつでも取り出せて、指定したモノが瞬時に出てくる黒い渦は非常に便利だ。これがあるならわざわざ道具を整理して並べる必要はないだろう。
だがペイントにはふとした閃きも必要だ。
目的の塗料を取ろうとした時に目に入る別の塗料、そういったところから思いがけない色の組み合わせが生まれるのだ。
などという言い訳を脳内でしつつ、塗料を並べる。
本当のところは、ずらりと塗料の並んだ作業机に憧れがあるだけだ。
かつての記憶では、過去のロプトは作業机など持っておらず。
小物入れに塗料をぎゅうぎゅうに詰めて、使う色だけ取り出しては、床にレジャー用のシートを引いてそこを作業場としてペイントしていた。
専用の作業机、というのは趣味人にとってはひとつの憧れなのだ。
塗料と道具を並べ終えて、にやにやとそれを眺めていると、入り口のドアをノックする音が聞こえた。
まだ尋ねてくる者などいないはずなので、訝しく思いながらドアを開けると、そこにはソーラとマーニの姿があった。
「おはよう、ロプト」
「おはようございます、ロプトさん」
ソーラは薬草を取りに出かけた日と同じ乗馬服のような動きやすい服を着ている。
反対にマーニは裾の長いスカートを履き、長袖のチュニックを着ている。
チュニックの襟元はV字に切れ込みが入っていてそれを紐で編むようにして止めているのだが、マーニの大きな胸が切れ込みを広げている。
そこから覗く胸の谷間を思わず見てしまう。
つるんとして張りのある肌が見えて、やましい気持ちよりも安堵の方が大きくなった。せっかく木の根を除去できても肌に痕が残っては可哀想だから心配していたのだ。
谷間を見て安堵しているロプトにソーラはジトっとした視線を向けて、マーニは恥ずかしそうにはにかんでいた。
ロプトは誤魔化すように口を開く。
「マーニはもう起きて大丈夫なのか?」
「はい、ロプトさんのおかげでもう大丈夫です。いままで長く寝ていたので、少しづつ動かないと、と思ったんですけど……」
「ん? 何か問題が?」
「アンタのせいよ! アンタの!」
ソーラが呆れたような怒ったような顔で言う。
ロプトの頭の中をぐるぐると色々な可能性が浮かんでは消える。
ヤドリギの根が取りきれていなかったのか、それとも肌を多少でも削った事で障害が起きたのか、そもそも生きている人間をプラモデル化したことに問題があったのか。
ロプトは不安を隠せない声音で聞き返す。
「俺の?」
「ロプトがお姉ちゃんの肌をキレイにしたせいで、村の男どもの視線が増えたのよ! それに女の人も、どうやったのって大変なんだから」
「ああ、なんだ、そんな事か」
元々美人で有名だったマーニだが、ロプトが肌を更にキレイにしたことで注目度があがってしまったらしい。
そしてそれは異性だけでなく同性からも注目の的のようだ。
元々、肌を削った罪悪感から施した処理だったが、そんな事になっていたとは予想外だ。
「今日は改めてロプトさんにお礼を言いに来たんです。私をバルドルの呪いから救ってくれてありがとうございました」
「いや、そんな、俺はソーラに頼まれただけで……」
マーニはロプトの手を取って、それを押し抱くようにして包みこむ。
そのまま手の感触を確かめるように、強く胸に押し当てた。
ロプトは柔らかなマーニの感触、伝わってくる暖かさに顔が熱くなる。
「もう目覚めることは出来ないと思っていました。永遠にも思える夢の中で徐々に自分が自分でないナニカに侵食されて、ほとんど諦めていたんです。その時、胸から暖かい力が注がれて、それが身体を満たした時、目が覚めたんです」
マーニはゆっくりとロプトの手を胸から離し、両手で強く握ってきた。
ロプトがマーニの顔を見ると、目尻から薄く涙が流れていた。
女性の涙ほど男を動揺させるものはない。
ロプトはおろおろとしながら、手はマーニに握られているので動かすことも出来ず、空いた片方の手をわたわたと動かすことしか出来なかった。
手に伝わる暖かさと柔らかさにこのままでもいいか、と思ってしまったが、正面を見るとマーニの後ろでソーラが怖い目で睨んでいた。
ソーラはずかずかとマーニとロプトの間まで来ると、ロプトの身体を押してマーニから引き離す。
「何よ! 私だって頑張ってルーネ草摘んだりしたんだから!」
頬を膨らませて分かりやすいぐらいに拗ねてみせるソーラ。
その随分と子供っぽい仕草にロプトは驚いた。
ロプトの知っているソーラは、やや言葉遣いはキツイけれど、しっかりしていて、大人びた姉思いの優しい少女だった。
しかし目の前で姉に甘え頬を膨らませた少女は、年相応の姉が大好きな妹の姿だ。
そこでロプトはようやく気づいた。
ソーラは今、ようやく妹に戻れたのだ。
今までは無理をしていたのだろう。そう思うとなんだか笑みがこぼれてくる。
微笑ましく思ってソーラを見ていると、マーニも同じような顔でソーラを見ていることに気づいた。
マーニもロプトの視線に気づいて、二人で思わず笑ってしまった。
そんな二人にソーラがまた不満そうに抗議する。
本当にマーニを救うことが出来てよかった、そう思ったロプトだった。
「ところでロプトさん、私から切除したヤドリギはまだお持ちですか?」
「ん? ああ、確かまだ取っておいたはずだけど」
ロプトがそう言うと黒い渦が現れてそこからヤドリギのプラモデルが出てくる。
この謎の黒い渦はプラモデルを作ったり塗ったりする為の道具が出てくるだけでなく、プラモデルに関係するモノなら何でも入れておけるのだ。
この辺がまた謎な所なのだが、日用品や食品などのプラモデルに関係ないモノは一切入らないのだが、ナルヴィを作る時に出たランナーや塗装前のプラモデルなどはいくらでも入れることが出来て、いつでも自由に出せるのだ。
ちなみにロプトがヤドリギのプラモデルやランナーなどを取っておいたのは、いつかプラモデルを改造する時の為に取っておいたのだ。
改造といってもロプトはプロのモデラーではなく、趣味でやってる程度で、しかもあまり時間の取れない日曜モデラーだった。パテで成型して新しいパーツを作り出したりなんていう高等技術はない。
だがキットバッシュとかミキシングと呼ばれる、余ったパーツを組み合わせるような改造ぐらいなら出来る。そういう時のためになるべく色々なパーツは取って置く習慣が出来ているのだ。
ランナーはパーツを切り離した後はゴミのように思えるが、実はこれを切ったり削ったりして改造パーツとして使うことが結構あるのだ。
「ほら、これだ」
ロプトは取り出したヤドリギのプラモデルを手の平に載せてマーニに見せる。
20分の1サイズのマーニのプラモデルの胸についていたモノなので、その大きさはロプトの小指の先ぐらいの大きさしかない。風が吹いたら飛びそうな大きさだ。
「これが、私に……」
マーニは恐る恐る、しかしまじまじとヤドリギのプラモデルを見つめた。
ロプトは手に取りやすいように差し出した。
少し躊躇った後、マーニはそっとヤドリギを指で摘んだ。
ヤドリギを見つめる視線は複雑な感情を含んでいるように見える。
マーニはしばらくヤドリギを見つめてから、ロプトの手の平に戻した。
「いいのか? 気に入らないなら捨ててもいいんだが」
「……私がバルドルの呪夢に侵食されて女神ナンナとしてバルドルに会っていた時、バルドルはナンナを見てはいませんでした。彼はずっと冷たい目でナンナの、私の胸元を見ていた」
不安そうな顔で自分の胸を掻き抱くマーニ。
ロプトは思わず柔らかく変形する胸元を見てしまいソーラに睨まれる。
マーニはそんなロプトの様子に小さく笑った。
「その時はただただそれが不気味だったのですが、今思うと寄生させたヤドリギを見ていたのだと思います」
「……これをマーニに寄生させたのは、ナンナとして目覚めさせるためだけじゃない?」
「分かりません。でもそれを私が持っていてもどうにも出来ないので、ロプトさんに持っていて欲しいんです」
「でも、いいのか? ひょっとしたら重要なモノかもしれないのに」
「ええ、だからロプトさんに持っていて欲しいんです」
なんだか意味深な事を爽やかな笑顔で言われてしまった。
戸惑いながらもロプトはヤドリギを再び黒い渦にしまいこむ。
なんとなく追求するのが怖かったのだ。
どうもマーニは寝込んでいた時の儚い印象とは違って強かな面があるようだ。ニコニコと笑った顔には有無を言わせない圧力があった。
「ところでロプトさんはこれから狩人をする、と父から伺ってますが」
「ああ、俺自身は狩りの経験なんてないけど、ナルヴィが居れば大抵の獣は狩れるからな。逆にそれぐらいしか出来る事がないんだ」
「それぐらいなんて、私を助けてくれたじゃないですか」
「いや、それはたまたまだ。マーニが普通の病に倒れていたなら何も出来なかったさ」
マーニは持ち上げてくれるが、実際ロプトが村のために出来ることは少ない。
プラモデルを作ることで出来ることは多そうだが、意外とそうでもない。
大工や木工職人などは、もっとオリジナルのプラモデルを作れる腕があれば出来たかもしれないが、ロプトの腕前では無理だ。
それではマーニを治したように医者ならどうか、というとこれも無理だ。
マーニのように呪いでも受けて、プラモデルをいじることで治せるものなら可能だろうが、そんな病人そうそういない。
結局、プラモデルを作る以外でロプトが出来ることはほとんどないのだ。
そうなると後はナルヴィ頼りとなり、ナルヴィの出来ることを探した結果、狩人となった。自分があまりに役に立たないのでちょっと落ち込んだくらいだ。
「それじゃあ、今度狩りに一緒に連れて行ってよ、いいでしょ?」
「ソーラ! あなたはまたそんな事を言って、迷惑かけたばっかりでしょ!」
ソーラがいい事思いついた、とばかりに言うのをマーニが叱りつける。
そんな二人の姿を見ながら、ロプトはこれまでの事を思い出していた。
いきなり謎の神殿で目を覚まし、記憶もないままにプラモデルを作ったこと。
人里を求めて、冥界の魔犬に追われながらもこの村に辿り着いたこと。
村で歓待され、ソーラを探しに山に戻ったこと。
山で薬草を摘み、半身半蛇の少女に襲われ、ナルヴィと共に倒したこと。
村に戻り、マーニにかけられた呪いを解くためにプラモデル手術をしたこと。
そして、こうして村に住まわしてもらえるようになったこと。
短い間に随分と色々なことがあったが、ロプトが目標としていた、プラモデルを作ってプラモデルに養ってもらう生活がこれから始まるのだ。
バルドルや蛇少女の最期の言葉など気になる事はあるものの、ここから新しい生活が始まると思うとロプトの胸には期待がこみ上げてくる。
そして何より、ようやく毎日プラモデルを作っていても文句を言われない生活が始まると思うと、楽しみで仕方がなかった。
こうしてロプトの村人として一日目は、のんびりと過ぎていった。
モデリングサーガ ふゆせ哲史 @fuyuse3104
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